自己紹介

自分の写真
1946年9月、焦土と化した東京都内にて、食糧難と住宅難と就職難の中、運良く生き抜いた両親の新しき時代の一発目として生を受けるも、一年未満で感染症にて死にかける。生き延びたのは、ご近所に住む朝鮮人女性のもらい乳と父親がやっと手にした本の印税全部を叩いて進駐軍から手に入れたペニシリンのおかげであったらしい。ここまでは当然記憶にない。記憶になくても疑えないことである。 物心がついた頃には理系少年になっていた。それが何故なのか定かではないが、誤魔化しうるコトバより、誤魔化しえない数や図形に安堵を覚えたのかもしれない。言葉というものが、単なる記号ではなく、実は世界を分節し、意味と価値の認識それ自体をも可能にするものであることに気付きはじめたのは50歳を過ぎてからであった。 30年間程の企業勤めの後、現在は知の世界に遊ぶ自称哲学徒、通称孫が気になる普通の爺~じ。ブログには庭で育てている薔薇の写真も載せました。

2022年9月29日木曜日

『学問と政治 日本学術会議会員任命拒否問題とは何か』(岩波新書 2022/6/23)

ジャスミーナ
 2020年10月、日本学術会議会員の任命が内閣総理大臣によって拒否されるという事態が発生した。本書は任命を拒否された6名(芦名定道、宇野重規、岡田正則、小沢隆一、加藤陽子、松宮孝明)による、このような事態に対する抗議の書である。

事態の本質は、行政による学問の支配という悪政が実施されたことにある。法的には憲法23条の学問の自由に抵触し、学術会議法の違反でもあり、この問題は、継続して追求すべきものである。

何故政府がこのようなことをし始めたのかについては、任命拒否の理由が開示されていないので、今のところこれ以上進んでいないが、科学技術の力を日本学術会議ではなくて政府の支配下に置こうとしているかららしい、とりわけ、軍事力に関わる科学技術に関しては。

因みにここで述べられている科学技術という言葉のうちの科学には自然科学だけではなく人文科学も含まれているのは政府も学術会議も同じ。しかし、科学技術という言葉の意味については政府と学術会議では異なっているようで、政府は科学に基づいた技術のことを指し、学術会議の方は科学と技術のことを指しているようだが、これは枝葉末節どころかことの本質に関わることだろう(多分殆どの人にとってはどちらでも良いのかもしれないが)。

もとより、日本学術会議会員の任命拒否問題は、近年(例えば第二次安倍内閣が成立した2012年12月26日以降ともいえるだろう)、における日本政治の急激な変質プロセスの中で発生したものであろう。だから今回の問題を深く理解するには、政治の変質に伴ってすでに顕在化している個々の事態(有事法制等々)の認識と、その事態が発生してくる本質的な理由を理解することが必要となる。

国家というものを構成する要素は、大きく言えば、国土・国民・経済力・軍事力・統治力だろう。そして近代民主主義国家は、なによりも国家は国民のためにあるのであって、その逆ではないことを目指し、そしてそれが可能な仕組みを求めてそのつど発生してくる未知の課題を解決しながら、人類史から見れば短い歴史を積み重ねて来た。その結果、国家の力においては他の形態の持つ国家(種々の独裁国家等)より強力となったのだが、そのさいの根本原理は自由(個々人にとって)と自律(共同体にとって)であろう。

そして、未知の課題を解決する知を生み出す根源は学問であって、今回の問題に即していえば、「科学に基づいた技術」ではなく「科学と技術」だろう。したがって、近代民主主義国家にとって、学問の自由と自律は必須の条件となる。本書の表題は、そのことを端的に表している。本書の出版記念シンポジウムが2022年9/6に岩波書店により開かれた。便利なもので、シンポジウムに参加していなくても後日岩波書店のyoutubeで観ることが出来ました。3時間もありますが、私にとっては様々な面で理解が深まりましたので、いつまで公開されているのか分かりませんが、下記にリンクを張っておきます。

シンポジウム学術会議任命拒否問題とは何か



2022年8月14日日曜日

エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』を読んでみた

パパメイアン
 本書は、文春文庫kindle版『第三次世界大戦はもう始まっている』(エマニュエル・トッド著2022/3/23)に収録されている。読んだ動機は、ロシアのウクライナ侵攻の理由と意味を知りたかったからだ。書かれている内容については別ブログ爺~じの本の要約に掲載しましたのでリンクをクリックして覗いてみてください(A4で14-5枚程度)。

 何故トッドなのかと言えば、かなり前に読書会仲間が、手軽な新書版でトッドを読みたいと提案があって、数冊通読したことが一つ。確か『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧』『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』『問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論』だったと思う。この三冊に加えて、2000年頃書かれた『帝国以後』(邦訳は藤原書店から2003年出版されている。)が沢山の人に読まれているらしい。いずれも時勢にマッチしていて、短くて比較的安価だからだろう。これらの本には何が書かれているかを知るだけなら、ネットで”書名”と”書評”で検索して、大学の先生などの解説を読めばあらかた分かる。さっきやって確かめてみたが、結構有効だった。

 だが、問題は、どうしてそう言えるのか?なのだが、それについては、多分『新ヨーロッパ大全Ⅰ、Ⅱ』をちゃんと読んだりしないと分からないのだろうが、大部なので積ん読になっている。もう一つは、この歴史家・人類学者・とくに人口動態学者であるトッドの『新ヨーロッパ大全』の日本語訳が出版された時に(1992年末頃か)、かの歴史人口学の大家である速水融先生がその本を片手に京大の研究室に入ってきて、結構興奮した面持ちで学生に紹介していた、と磯田道史さんが言っていたからだ。つまり、歴史をデータ(例えば人口構成の推移とか)に基づいて、合理的・客観的に理解する手法を提示ていたという評価があったからだろう。

 ところで、本書の重要な結論を端的いえば、次のようになる。もうすこし詳しく知りたければ、冒頭に記したリンクを参照してほしい。

 ロシアのウクライナ侵攻という事態を招いた原因はロシアではなくアメリカにある、というのだ。これは西側メディアが連日報道している内容とは真逆だ。更に、すでに第三次世界大戦が始まっている、という文言が表題にもなっている。ドットは、かってソ連の崩壊等を予言したことが知られているから、かなり衝撃的だ。つまり、ロシアにとっては防衛戦争であり、17世紀来のロシア圏内におけるローカルな問題であったウクライナ問題を、アメリカがグローバル化した世界対立へと導いたと。

 もうすこし言ってみると、ソ連が崩壊して東西冷戦が終結した事態を”勝利”としか理解できない奢った超大国アメリカが、世界に対して取り続けた「力による問題解決を見せつけることで自国の世界に対する統制力を維持しようとする方法(代表的には弱小国に対する軍事侵攻)」を、大国ロシアに対しても、グローバル化した世界になっている状況において、無思慮・無反省に取り続けた結果、世界を力による対決へと導いているのだと。そうなることは合理的な予測能力に欠けるリスキーな超大国アメリカにとっては、当然予想外だろう。予測できないことは原理的にリスキーなことなのだ。

 折角なので、ドッドの専門の家庭構造論で言えば、家父長的共同体家族が構成する権威主義的平等社会陣営と核家族的家族が構成する自由主義的個人社会陣営に分かれての世界大戦がはじまった、ということになる。これに関連した皮肉な話が述べられている。1970年代頃からアメリカの政策に強い影響を持ってきたネオコン陣営の中心に、ある「一族」・ファミリーが居て、彼等は今、過激な反ロシア政策を掲げている。つまり、家父長的共同体家族同士で敵対していることになってしまったのだ。

 そうトッドが考える理由は、先に挙げた四冊の著作から読み取れるトッドの思考の延長線上に、今回の侵攻についての具体的事実を重ねて導き出された判断にある。原因の追及が再発防止対策のためなら、どちらの見解が正しいのかについて、将来にわたって継続的に冷静に吟味しつづけねばならないだろう。

 ここで、直接に日本に対することなので、もう一つだけあげてみる。それは、自国だけではなく世界の安定のためには、日本は核武装すべきである、というトッドの提言だ。この提言は以前よりのもので、今年の5月号の文藝春秋にも掲載されいるそうだ。今回、核大国ロシアによるウクライナ侵攻によって、核を保有する大国が、従来の世界常識に反して、通常兵器による戦争を行う可能性があることが示されてしまったことで、地政学的で合理的な思考に基づいて考えれば、自国を偶然に委ねるつもりがなく核抑止力も有効なら、核の傘も核共有も幻想であり、選択肢は自国で核保有するのか、それともしないかのどちら以外にはない、と。

 


2022年8月2日火曜日

『母権論序説』(J.J.Bachofen)吉原達也訳

フレンチレース
  「母権制」「母権論」という考えは、1861年にバハオーヘンが著した『母権論』によって初めて提示されたそうだ。この考え方についての簡明な説明が、「世界大百科事典」に著名な民族学者、大林太良によってなされているので下記に引用した。

 彼(バハオーフェン)は、社会を進化論的に段階づけて、アフロディティー女神によって象徴される〈泥沼的生殖関係〉の時代、次にデメテル女神によって象徴される〈母権〉ないし〈女人政治制〉の時代、最後にアポロ神によって象徴される〈父権〉の時代が来たと論じた。この三段階のの図式はこのままの形では一般に受け入れられなかったが、父権制のまえには母権制があったという考えは、歴史家、民族学者に影響を及ぼした。またその神話研究はシンボリズム研究の先駆けとして評価されている。(大林太良「世界大百科事典」Japanknowledge personal版より)。

 吉原達也訳の『母権論序説』は、『母権論』(1992~1993年にかけて白水社から分厚そうな2冊訳本があるようです)の「序説」部分で、考え方の基盤を説明してある部分のようです。1815年生まれのバハオーフェンはダーウインより6年ほど年下でマルクスより3年ほど年上の同世代、結構影響を受けたそうなニーチェは30年ほど後の世代となります。バハオーフェンの社会進化論的考えの対象は人間の社会ですが、生物を対象にしにたダーウインの進化論の影響を受けているのかどうか、本書を読んだ限りでは分かりません。つまり、父権制が母権制より進化した社会なのだと著者が考えていたのかどうかは分かりません。

 面白いところは、著者の説が真実を言い当てているかどうかではなく、歴史の真実に近づく方法として「神話」が取り入れられていることです。つまりそこには社会法則としての普遍性が直観されうるのではないか、というアイデアです。本書は「序説」なので、個別の事例研究の記述はあまりありませんが、古代ギリシャの父権制以前の神話時代の社会の読み解きは興味深いものがあります。つまり、人間と物質との関係性および人間の心性を離れては、歴史的知識は内面的に完結しないと言うことです。方法論自体についての、著者の考えの一部を以下抜粋してみました。

 現代(19世紀中頃)の歴史研究は事件、人物、時代関係の吟味だけに限定して進められているにすぎず、また歴史時代と神話時代という区分を設定し、しかも神話時代を不当に拡張している。<中略>知識は、起源、継続、結果を把握して初めて、理解へと高まるのだ。そして、全ての発展の端緒は神話にある。われわれは、古代を今まで以上に深く探究しようとすれば、常に神話に立ち帰らざるを得ない。神話のうちにこそ起源が潜み、神話だけが起源を解き明かしうる・・・。


2022年7月24日日曜日

フッサールのイデーンをまた読み始めました

 今月から、NHKカルチャーで竹田青嗣先生がイデーンⅠ-Ⅰ解読講座を開設した。イデーンということと、12月には数年ぶりの合宿も企画されているというので、参加することにしたが、もったいないので自分が発表する分だけではなく、講座で取り上げられる箇所全部についてレジュメを作って、別ブログ「爺~じの「名著読解」」に逐次掲載することにした。どこまで続けられるか分からないけど。

芳純
今回の講座で取り上げられているところは下記(つまり続きがあるのでしょう)。

第一篇 本質と本質認識
第一章 事実と本質

第1節 自然的認識と経験
第2節 事実。事実と本質との不可分理性
第7節 事実学と本質学

第二章 自然主義的誤解

第22節 プラトン的実念論だとする非難。本質と概念
第23節 理念を見てとる働きの自発性。本質と虚構物
第24節 一切の諸原理の、原理

第二篇 現象学的基礎考察
第一章 自然的態度のなす定立と、その定立の遮断

第27節 自然的態度の世界。すなわち、私と私の環境世界
第28節 コギト。私の自然的環境世界と、理念的な環境諸世界
第30節 自然的態度のなす一般定立
第31節 自然的定立の徹底的変更。「遮断」、「括弧入れ」
第32節 超越論的現象学エポケー

第二章 意識と自然的現実

第34節 心理学的現象学的な主題の形で論ぜられる、意識の本質
第35節 強い意味における「作用」としてのコギト。非顕在性への変容
第36節 志向的体験。体験一般
第37節 コギトにおいて純粋自我が「何かの方に立ち向かっている」ということと、把握しながら注意するということ
第38節 作用に対して加えられる反省。内在的知覚と調節的知覚
第39節 意識と自然的現実。「素朴な」人間の見解
第41節 知覚の実的成素と、知覚の超越的客観
第42節 意識としての存在と、実在としての存在。直観様式の原理的相違
第43節 一つの原理的誤謬の、解明
第44節 超越的なものの単に現象的な存在、内在的なものの絶対的な存在
第45節 知覚されていない体験、知覚されていない実在
第46節 内在的知覚には疑わしさがないこと、超越的知覚には疑わしさがあること

『イデーンⅠ』あとがき(⇒これは本書冒頭に置かれている)





2022年6月4日土曜日

『マハン 海上権力史論』北村謙一訳 原書房

パパメイアン
  本書は1890年に著された海軍戦略の最重要文献と言われている名著で、「陸の地政学」と言われているマッキンダーの『デモクラシーの理想と現実』(1919年)と並び称せられているそうです。出口治明さんによれば、このマハン(アメリカ海軍軍人、歴史家)の地政学の考え方を知るには第1章(シーパワーの要素)だけ読めばいいと書いてあったので、緒論と第1章だけを読んでみた。尚原書は14章あるが、本訳書は抄訳で全8章の構成となっている。そのうちの緒論と1章と8章(原書では14章、1778年の海洋戦争の評論)が全訳。第2章~14章は、17世紀から18世紀(200年間程)に起こったヨーロッパにおける海戦の歴史で、目次の項目だけみても、随分沢山の海戦をしたことが伺える。その歴史から教訓つまり一般原則あるいは海の地政学といわれるものが導かれているようだ。

 ということで、その一般原則から二点だけ書いてみた。一つは、当時の主力であったであろう帆船から新技術による蒸気船へと変化するだろうことによって戦術が変わってくるが、その際に参考になる歴史的教訓があるという。それは、蒸気船は昔のガレー船との同じく風に左右されないことだ、と。確かにこれは歴史的に似た条件があれば、どんなに古い教訓であっても参考になるという意味で普遍性があるだろう。もう一つはかなり説得性がある。つまり、海軍は商船保護のために存在していたという教訓だ。つまり、具体的には植民地獲得と経営の決め手になったのは海軍だという教訓である。従ってシーレーンが地政学上きわめて重要であることが導かれる。その点に関して、大体19世紀半ばまでの300年間にわたる、スペイン、オランダ、フランス、イギリスなどの違いが述べれられている。もちろん当時は最後にイギリスが覇権を握ったのだが、要するに国民性だと。つけくわえれば、冒険心はあっても価値を収奪するだけの国は滅び、価値を自ら創り出す国が強いのだと。これは国家の戦略に関わることで、兵隊の数がものを言う陸軍とは違って、海軍においては大きく影響したはずであろう。







2022年5月19日木曜日

5月18日(水) 『教養としての地政学』出口治明著 日経BP

フレンチレース
 本書は、著者の博学と経済人としてのリアルな経験をベースにした、とても面白い語り下ろしの本です。世界史上に出現してきた多くの国々の興亡、またその理由がとても簡潔に解説されているので、楽しく読むことができます。もっとも時代が下って現代になってくると、楽しいだけでなく、生き延びる知恵を持たねば、と緊張感が漂ってきますが、過去の地政学的知見がどのくらい有効なのかは、変化が早くて複雑かつ危うい現代に対しては、よく吟味することが必要でしょう。

「はじめに」で著者は地政学について次のように語っています。「地政学とは、本来、天下国家を論じる学問ではなく、人間の生きる知恵と関係するような学問だと僕は考えてます。そのあたりのことを中心に話したいと思います。」それには理由がありそうです。つまり、かっての地政学がドイツや日本で悪い意味で流行っていたことがあり、世界情勢が不安定になってきている現代において地政学の再流行の兆しが見えるからでしょう。

地政学の古典には、マハンの『海上権力史論』(海の地政学)とマッキンダーの『デモクラシーの理想と現実』(陸の地政学)があるので、この二つ著作の概要も語られています。著者は地政学のことを次のように説明しています。「ある国や国民は、地理的なことや隣国関係をも含めて、どのような環境に住んでいるのか。その場所で平和に生きるために、なすべきことは何か。どんな知恵が必要か。そのようなことを考えること学問です。」また、地政学が存在する前提を「国は引っ越しできない」、という短い言葉で説明しています。

世界の国の興亡史各論における、その国々が置かれている自然環境上(地理上)の規定に加えて、「生き延びる知恵、あるいは知恵のなさ」の歴史的事実や因果関係について簡潔な説明がなされていいます。世界史や人文地理の分野における説明には、地名、地理上の位置、事実の時間関係、人名、血統図、などが沢山出てくるので理解しにくいのですが、それをあまり感じさせない程巧みな説明です(⇒説明の妥当性は別の興味の問題としてあります)。

それらの個別の事実や事象から一般性を抽出してみると、いくつかの基本的な事柄が浮かび上がってきました。その国が現実のおかれている地理上の特徴以外に、資源や気候などの自然条件の他、血縁、マンパワー、合理的思考、宗教、文化、偶然、などです。これらの項目は独立でもなく、それらの組み合わせから生じる諸事態、例えば経済力、軍事力などを挙げれば沢山あるでしょう。

著者の挙げているキーワードの一つに、「サンドイッチの具」というのがあります。これは、敵対する国によって地理的に挟まれた状態になると戦いで負けてしまうという意味で、陸の地政学に特に当てはまるとのことです。つまり、サンドイッチの具にならないように、敵味方を選定して謀略を企てたり戦争をしかけたり、あるいは婚姻関係を結んだりする知恵を絞るのが地政学だと。海の地政学では、やはり交易です。ローマの賢人キケロは「戦争は要するにお金」だと言ったとか。大航海時代以降は新しい市場が開拓されて、いわゆる地球規模でのシーレーンが重要となり、その確保戦争に勝利したスペインは大国になりましたが、暗愚な君主が続いて衰退したそうです。

いろいろな面白いエピソードが語られています。例えば、大した戦争もせず、謀略も巡らさず、ただ結婚した相手が死んだり病気になったりしたことで、わずか三代でオーストリアやスペイン及び南アメリカやメキシコまでを支配するに至ったハプスブルグ家には「ハプスブルグよ、汝は結婚せよ」という言葉が残されているそうです。ハプスブルグ家の暗愚な君主達は結局スペインを衰退させますが、血縁・血統・出自が地政学上のキーワードの一つになっていた証拠でもあるのでしょう。つまり、人々が納得する統治原理だったからでしょう。専制国家の時代には国家の統治に関与する人々がきわめて少数なために、特に大きな要素だったのでしょう。

合理的思考が地政学としても大切な要素であるのは、思い込みではなくて現実の事実や事象を基にして考えるからなのでしょう。要するに世界は妄想でも来世でもなく現実なのですから(⇒国家は幻想である、と言った人もいますが)。宗教やイデオロギーに囚われずに交易による利益で覇権を獲得した諸都市国家から現代の国民国家にいたるまで、これは通用しそうです。

国家政略についてのエピソードも面白いです。プロイセンの宰相ビスマルクなどの優れた知略ものエピソードも面白いのですが、専制君主の信じられないほどの暗愚な行為についてのエピソードはそれにまして面白そうですね。暗愚な人が国家の指導者ではなくて普通人であるという事態は一般的なのですから、彼等が指導者になってしまうことが地政学的には大問題なのだろうと思いました。


2022年5月13日金曜日

5月12日(木) ロシア・ソヴィエト哲学史(ルネ・ザパタ著、原田佳彦訳)

夢香
 動機は、ロシアのウクライナ侵攻。ヨーロッパと陸続きというより、ヨーロッパの中では後進地域であるとはいえヨーロッパの一部であるロシアには、西欧近代の思想や制度の原理を生み出した西欧哲学思想が全く根付いていないのかもしれない、とフト思った。もちろん、ロシアについての理解が不足しているからなのだが、この無知を埋めるための基本的分野がここかもしれないと。

ということで、ネットで検索して選んでみたのが本書なのだが、面白いことに、本書の著者がどのような人なのかは、訳者も分からないと書いてある。それでも、白水社文庫クセジュに収録され、JapanKnowledgeには「文庫クセジュベストセレクション」に選定されて閲覧対象となっている。20世紀初頭のロシア革命によって誕生したソヴィエト連邦が約70年後に崩壊するまでの哲学史の部分は、今はあまり興味がないから読んでいない。

まず、本書の「はじめに」を読んでみると、あらかたの状況が見えてくる。その冒頭に「ルネッサンス期のヨーロッパに存在していたような哲学は、ロシアではずっと遅れ、18世紀になって、エカテリーナ二世治下、ロシア文化の西欧化という歴史的文脈のなかに、その姿を現すのである。」と書かれ、最後の方には「ロシアの思想家たちが文学と文芸批判とに付与した第一級の重要性を強調しておこう。それは、文学言語の形成と文学の隆盛と哲学の誕生が、ロシア民族意識の出現という、一層広範な歴史的文脈の中で同時的に起こった過程だという事実に起因する。」と書かれている。

読書日誌なので、内容の紹介は印象に残った箇所の一部分だけの抜粋だけで勘弁してもらうことにしよう(ついでに、これからも)。と言うことで以下。
・11世紀から1459年(ロシア正教会が東方正教会のなかで独立を宣言し、モスクワ大公の支配下となった)にかけて、ロシア的霊性はその特徴的性格を持つようになった。
・こうして(⇒東ローマ帝国の滅亡とキリスト教正教帝国というローマ帝国の滅亡)、モスクワ公国を中核とするロシアは(⇒第三のローマとして)、15世紀からすでにこの二重の使命を与えられることになる。
・1654年、ウクライナがロシア帝国に併合された後、キエフはロシアにおける西欧哲学思想普及の中心地になっていく。
・ピョートル大帝(在位1689-1725)は近代国家の基礎を築き、ロシア文化を極端なまでの西欧化に曝した。
・ロシア哲学の開花=成熟に果たしたエカテリーナ二世(在位1761-96)の役割は、きわめて重要なものである。彼女はヨーロッパ---とりわけフランス---の哲学者たちの著作と思想の普及を奨励し[・・・]。これ(⇒ブガチョフの反乱1772-75)以降、カテリーナは貴族階級の権利を強化することに没頭する。女帝は熱狂的なヴォルテール主義を棄て、世界主義と西欧の腐敗堕落に対して、ロシアの過去の光栄をたたえる偏狭な民族主義に結びつく。
・19世紀はナポレオン戦争の終結とともに始まる。ドイツ戦役とフランス戦役が、若き貴族たちにとって真の研修旅行になったのである。遅れたロシアが、孤立し、いまなお農奴制の軛の下にあるロシアに対して、輝きに満ちた文明の明示のように見えるヨーロッパが、ロシアの若き貴族達の前にそびえ立っている。
・「我がロシアの現状を見るに、われわれに対しては、人類の普遍的法則が無効とされているかのようである。世界に孤立したわれわれは、世界に何も与えず、世界から何も得てこなかった。」「存在するのはただ、実際に思索と霊魂への関心によって導かれるようなキリスト教社会(⇒ロシア正教)だけである」(⇒どちらも、ピョートル・チャダーエフ著『哲学書簡』1829年)。
・(⇒その後、哲学・思想界は大きくはスラブ派と西欧派などに分かれて進展するも、ニコライ一世治世末期に弾圧され、死刑、シベリア流刑、または沈黙、の暗黒の7年(1848-55)を迎える。ドストエフスキーは死刑宣告をされるが減免されシベリア流刑となる)
・長かったクリミア戦争(1853-56)でロシア軍が敗北した結果、専制体制は窮地を脱するため譲歩し、農奴制を廃止する(1861年2月19日の農奴解放令)が、しかし、諸改革の策定とその実施に際して、この国のエリート達が実際にそこに参画することを保障するいかなる機構も設置されなかった。
・(⇒その後、思想界は自由主義、進歩主義、虚無主義等も加わっての分裂状態に陥る。同時期、ドストエフスキー、ツルゲーネフ、トルストイ、等の文豪は多大な影響を及ぼす。1870-80年代になって人民主義が出てきて、マルクス、エンゲルスと繋がるが、ロシアにおけるマルクス主義は一層教条的で普及の歴史は長く複雑であった)

ロマノフ王朝という専制国家の必要性においての西欧化であるならば、弊害が生じれば暴力によって禁止されることは、もちろん哲学も例外ではない。ロシアという地域は、ヨーロッパの一部として200年以上も西欧化の努力を継続した。しかし、結局はヨーロッパ文明の礎であるルネッサンスを経験しないままに、20世紀に入るやいなや社会主義国家ソヴィエト連邦になって、さらに80年近く近代文明・文化から取り残されたのではないだろうか。そして、ソ連崩壊後の今日、「ロシア的霊性」の顕在化は何をもたらすのだろうか。