自己紹介

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1946年9月、焦土と化した東京都内にて、食糧難と住宅難と就職難の中、運良く生き抜いた両親の新しき時代の一発目として生を受けるも、一年未満で感染症にて死にかける。生き延びたのは、ご近所に住む朝鮮人女性のもらい乳と父親がやっと手にした本の印税全部を叩いて進駐軍から手に入れたペニシリンのおかげであったらしい。ここまでは当然記憶にない。記憶になくても疑えないことである。 物心がついた頃には理系少年になっていた。それが何故なのか定かではないが、誤魔化しうるコトバより、誤魔化しえない数や図形に安堵を覚えたのかもしれない。言葉というものが、単なる記号ではなく、実は世界を分節し、意味と価値の認識それ自体をも可能にするものであることに気付きはじめたのは50歳を過ぎてからであった。 30年間程の企業勤めの後、現在は知の世界に遊ぶ自称哲学徒、通称孫が気になる普通の爺~じ。ブログには庭で育てている薔薇の写真も載せました。

2022年8月14日日曜日

エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』を読んでみた

パパメイアン
 本書は、文春文庫kindle版『第三次世界大戦はもう始まっている』(エマニュエル・トッド著2022/3/23)に収録されている。読んだ動機は、ロシアのウクライナ侵攻の理由と意味を知りたかったからだ。書かれている内容については別ブログ爺~じの本の要約に掲載しましたのでリンクをクリックして覗いてみてください(A4で14-5枚程度)。

 何故トッドなのかと言えば、かなり前に読書会仲間が、手軽な新書版でトッドを読みたいと提案があって、数冊通読したことが一つ。確か『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧』『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』『問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論』だったと思う。この三冊に加えて、2000年頃書かれた『帝国以後』(邦訳は藤原書店から2003年出版されている。)が沢山の人に読まれているらしい。いずれも時勢にマッチしていて、短くて比較的安価だからだろう。これらの本には何が書かれているかを知るだけなら、ネットで”書名”と”書評”で検索して、大学の先生などの解説を読めばあらかた分かる。さっきやって確かめてみたが、結構有効だった。

 だが、問題は、どうしてそう言えるのか?なのだが、それについては、多分『新ヨーロッパ大全Ⅰ、Ⅱ』をちゃんと読んだりしないと分からないのだろうが、大部なので積ん読になっている。もう一つは、この歴史家・人類学者・とくに人口動態学者であるトッドの『新ヨーロッパ大全』の日本語訳が出版された時に(1992年末頃か)、かの歴史人口学の大家である速水融先生がその本を片手に京大の研究室に入ってきて、結構興奮した面持ちで学生に紹介していた、と磯田道史さんが言っていたからだ。つまり、歴史をデータ(例えば人口構成の推移とか)に基づいて、合理的・客観的に理解する手法を提示ていたという評価があったからだろう。

 ところで、本書の重要な結論を端的いえば、次のようになる。もうすこし詳しく知りたければ、冒頭に記したリンクを参照してほしい。

 ロシアのウクライナ侵攻という事態を招いた原因はロシアではなくアメリカにある、というのだ。これは西側メディアが連日報道している内容とは真逆だ。更に、すでに第三次世界大戦が始まっている、という文言が表題にもなっている。ドットは、かってソ連の崩壊等を予言したことが知られているから、かなり衝撃的だ。つまり、ロシアにとっては防衛戦争であり、17世紀来のロシア圏内におけるローカルな問題であったウクライナ問題を、アメリカがグローバル化した世界対立へと導いたと。

 もうすこし言ってみると、ソ連が崩壊して東西冷戦が終結した事態を”勝利”としか理解できない奢った超大国アメリカが、世界に対して取り続けた「力による問題解決を見せつけることで自国の世界に対する統制力を維持しようとする方法(代表的には弱小国に対する軍事侵攻)」を、大国ロシアに対しても、グローバル化した世界になっている状況において、無思慮・無反省に取り続けた結果、世界を力による対決へと導いているのだと。そうなることは合理的な予測能力に欠けるリスキーな超大国アメリカにとっては、当然予想外だろう。予測できないことは原理的にリスキーなことなのだ。

 折角なので、ドッドの専門の家庭構造論で言えば、家父長的共同体家族が構成する権威主義的平等社会陣営と核家族的家族が構成する自由主義的個人社会陣営に分かれての世界大戦がはじまった、ということになる。これに関連した皮肉な話が述べられている。1970年代頃からアメリカの政策に強い影響を持ってきたネオコン陣営の中心に、ある「一族」・ファミリーが居て、彼等は今、過激な反ロシア政策を掲げている。つまり、家父長的共同体家族同士で敵対していることになってしまったのだ。

 そうトッドが考える理由は、先に挙げた四冊の著作から読み取れるトッドの思考の延長線上に、今回の侵攻についての具体的事実を重ねて導き出された判断にある。原因の追及が再発防止対策のためなら、どちらの見解が正しいのかについて、将来にわたって継続的に冷静に吟味しつづけねばならないだろう。

 ここで、直接に日本に対することなので、もう一つだけあげてみる。それは、自国だけではなく世界の安定のためには、日本は核武装すべきである、というトッドの提言だ。この提言は以前よりのもので、今年の5月号の文藝春秋にも掲載されいるそうだ。今回、核大国ロシアによるウクライナ侵攻によって、核を保有する大国が、従来の世界常識に反して、通常兵器による戦争を行う可能性があることが示されてしまったことで、地政学的で合理的な思考に基づいて考えれば、自国を偶然に委ねるつもりがなく核抑止力も有効なら、核の傘も核共有も幻想であり、選択肢は自国で核保有するのか、それともしないかのどちら以外にはない、と。

 


2022年8月2日火曜日

『母権論序説』(J.J.Bachofen)吉原達也訳

フレンチレース
  「母権制」「母権論」という考えは、1861年にバハオーヘンが著した『母権論』によって初めて提示されたそうだ。この考え方についての簡明な説明が、「世界大百科事典」に著名な民族学者、大林太良によってなされているので下記に引用した。

 彼(バハオーフェン)は、社会を進化論的に段階づけて、アフロディティー女神によって象徴される〈泥沼的生殖関係〉の時代、次にデメテル女神によって象徴される〈母権〉ないし〈女人政治制〉の時代、最後にアポロ神によって象徴される〈父権〉の時代が来たと論じた。この三段階のの図式はこのままの形では一般に受け入れられなかったが、父権制のまえには母権制があったという考えは、歴史家、民族学者に影響を及ぼした。またその神話研究はシンボリズム研究の先駆けとして評価されている。(大林太良「世界大百科事典」Japanknowledge personal版より)。

 吉原達也訳の『母権論序説』は、『母権論』(1992~1993年にかけて白水社から分厚そうな2冊訳本があるようです)の「序説」部分で、考え方の基盤を説明してある部分のようです。1815年生まれのバハオーフェンはダーウインより6年ほど年下でマルクスより3年ほど年上の同世代、結構影響を受けたそうなニーチェは30年ほど後の世代となります。バハオーフェンの社会進化論的考えの対象は人間の社会ですが、生物を対象にしにたダーウインの進化論の影響を受けているのかどうか、本書を読んだ限りでは分かりません。つまり、父権制が母権制より進化した社会なのだと著者が考えていたのかどうかは分かりません。

 面白いところは、著者の説が真実を言い当てているかどうかではなく、歴史の真実に近づく方法として「神話」が取り入れられていることです。つまりそこには社会法則としての普遍性が直観されうるのではないか、というアイデアです。本書は「序説」なので、個別の事例研究の記述はあまりありませんが、古代ギリシャの父権制以前の神話時代の社会の読み解きは興味深いものがあります。つまり、人間と物質との関係性および人間の心性を離れては、歴史的知識は内面的に完結しないと言うことです。方法論自体についての、著者の考えの一部を以下抜粋してみました。

 現代(19世紀中頃)の歴史研究は事件、人物、時代関係の吟味だけに限定して進められているにすぎず、また歴史時代と神話時代という区分を設定し、しかも神話時代を不当に拡張している。<中略>知識は、起源、継続、結果を把握して初めて、理解へと高まるのだ。そして、全ての発展の端緒は神話にある。われわれは、古代を今まで以上に深く探究しようとすれば、常に神話に立ち帰らざるを得ない。神話のうちにこそ起源が潜み、神話だけが起源を解き明かしうる・・・。