自己紹介

自分の写真
1946年9月、焦土と化した東京都内にて、食糧難と住宅難と就職難の中、運良く生き抜いた両親の新しき時代の一発目として生を受けるも、一年未満で感染症にて死にかける。生き延びたのは、ご近所に住む朝鮮人女性のもらい乳と父親がやっと手にした本の印税全部を叩いて進駐軍から手に入れたペニシリンのおかげであったらしい。ここまでは当然記憶にない。記憶になくても疑えないことである。 物心がついた頃には理系少年になっていた。それが何故なのか定かではないが、誤魔化しうるコトバより、誤魔化しえない数や図形に安堵を覚えたのかもしれない。言葉というものが、単なる記号ではなく、実は世界を分節し、意味と価値の認識それ自体をも可能にするものであることに気付きはじめたのは50歳を過ぎてからであった。 30年間程の企業勤めの後、現在は知の世界に遊ぶ自称哲学徒、通称孫が気になる普通の爺~じ。ブログには庭で育てている薔薇の写真も載せました。

2018年10月28日日曜日

10月28日(日) 『呪われた部分』(ジョルジュ・バタイユ)を読んでみました

モッコウバラ
この本は11月4日(日)の読書会で紹介する予定にしている。

なぜこの本を読もうかと思った理由にはいくつかあるようだ。ひとつは、資本論を読んだ後になって更に明確になってきた本質的な問い、人間自体のより深い理解が必要なのではないかと言うと問いであった。もう一つは、現代に至り明確になってきた疑念、すなわち近代が切り開いた産業社会は、なるほどそれまでの時代に比べてより多くの人々に豊かな暮らしをもたらしたが、将来に向かって更により多くの、あるいは全ての人々に豊かな暮らしを実現する可能性をもたらすという期待に対する疑念、に経済学はどのように答えることが出来るのだろうかという問いである。

内容は、別ブログ「爺~じの「本の要約・メモ」を参照してもらうことにして、以下に本書の紹介文を書いておく。



 著者(1897年~1962年)はフランス 人の哲学者・思想家・文学者。本書は副題にあるように経 済学の本として書き始められたものだが、既に邦訳されて いる『エロチシズムの歴史』『至高性』と一体をなすものだ と言われている、つまり未完の書なのだ。

 本書の主張は常識とはかけ離れている。経済学が問題と すべきは非生産的で無駄な活動である消費・浪費・蕩尽だ というのだ。そのことは、地表に棲息する生物に含まれい て且つその系の頂点に立つ人間の営み、おそらくそれはエ ロチシズムと至高性に本源を持つ営みであろうが、その「呪 われた部分」を自覚的に見ればわかってくると。

  本書初版本の裏表紙には、「今日の人間の前には問題が突 きつけられている。すなわち彼が創り上げた富をどうする か?無限に、戦争を繰り返すか?富の、また全般に使用可 能エネルギーの氾濫が、かくまで深刻に世界を脅かしたた めしはいまだ嘗てない。」と、記されている。








2018年6月26日火曜日

6月26日(火) カント 純粋理性批判(Ph版)① 序論ⅠとⅡ

春の二番花たち

純粋理性批判をまた最初から読み始めるにあたり、10年以上前に作成した読書メモ(岩波文庫版)を読んだりしていたら、前回の投稿が13日も経ってしまった。
今回はPh版を基本にした平凡社ライブラリーをテキストにしたが、第一版と二版の両方が
比較可能なように記載されていている点は理解を助けると思う。特に序論は、上下に区分されて対応的に記載されていて、分かりやすい。


序論(第二版)

Ⅰ 純粋認識と経験的認識との区別について

あらゆる認識は経験でもって始まる。なぜならば、認識能力が働き出すのは対象による他はないからである。対象は感官を動かし、表象を生じせしめ、悟性の活動を運動させる。悟性は、それらの表象を比較したり結合したり分離したりして、感性的印象の素材を経験と呼ばれる対象の認識へと創り上げる。それゆえ、時間的には認識は経験に先行しない。
しかし、あらゆる認識は経験から発するのでは必ずしもない。なぜなら、経験認識ですら、私たちが諸印象を通じて感受するもの(=A)と、私たち自身の認識能力が感性的な諸印象によって誘発されておのれ自身のうちから供給するもの(=B)とから合成されたものでもありうるからである。そうはいっても、私たちがBという付加物をAという根本素材から区別するのは、Bに気付いてこれを分離することに熟達するまではできないことである。
それゆえ、経験に依存せず、感官のあらゆる印象にすら依存しないような認識があるかどうかは、少なくとも一層の研究を必要とする、直ちには片づけられない問題である。そうした認識はア・プリオリな認識と名づけられる。ア・プリオリな認識ではない認識、すなわち認識の源泉を経験のうちに持っている認識をア・ポステリオリな認識と名づける。
ア・プリオリな認識のうち、経験的なものが全然混入していないような認識は純粋と呼ばれる。例えば、あらゆる変化はその原因を持つという命題は、一つのア・プリオリな命題ではあるが純粋ではない。なぜなら、変化は経験からのみ引き出されうる一つの概念だからである。

Ⅱ 私たちは或る種のア・プリオリ認識を所有しており、だから普通の悟性ですらそうした認識を決して欠いてはいない

問題は、純粋認識と経験的認識を区分する徴表は何かということである。経験は、或るものがこれこれの性質を持っているということを私たちに教えはするが、その或るものが別様ではあり得ないということを教えない。それゆえ、第一には、同時に必然性をも持っていること命題があれば、その命題はア・プリオリな判断である。第二には、経験は厳密な普遍性を与えられず、帰納による比較的な普遍性しか与えられない。それゆえ、ある判断が厳密な普遍性において思考されるなら、言い換えれば、いかなる例外もあり得ないと思考されるなら、その判断はア・プリオリである。経験的普遍性は、例えば、すべての物体は重さを持つと言う命題のように、たいていの場合に妥当するのをすべての場合に妥当すると、その普遍性を勝手に高めものに過ぎない。したがって、必然性と厳密な普遍性とは、ア・プリオリな認識の確実な目印である。
ア・プリオリな純粋判断の実例の一つは数学である。またごくありふれた例では、すべての変化は原因を持っていなければならない、という命題である。ヒュームのように、生起するものは習慣から生じると考えると、この命題はア・プリオリな純粋判断として成り立たなくなり、そうなると経験の規則は偶然的となって、経験は己の確実性の根拠をもてなくなってしまう(ここでのヒューム批判は取りあえず聞き流そう)。
 判断だけでなく概念についてもア・プリオリなものがある。物体という経験概念から、経験的に持っているすべてのものを除去ししてもなお物体が占めていた空間は残存するし、物体ではなくても、そこから経験が教えるすべての固有性を除去してもなお残る実体という概念が、諸君の認識能力のうちにア・プリオリにその座を占めていることを承認せざるを得ないであろう。




2018年6月10日日曜日

6月10日(日) カント『純粋理性批判』を原佑・渡辺二郎訳で読み始めた

ブブ18歳
2004年4月から2005年1月にかけて、竹田青嗣先生の哲学講座では岩波文庫(篠田英雄訳)で精読したことがある。その後2008年頃にかけて断続的に読んでいたが、10年ぶりに今度は平凡社ライブラリー版(原佑・渡辺二郎訳)でボチボチと読んでいこうと思っている。
 『純粋理性批判』は第一版が1781年、第二版が1787年で、後世に編集された三つの版(1911年のAk版、1926年のPh版、1922年のCa版)があるそうだ。岩波文庫はCa版、平凡社ライブラリーはPh版を、ともに第二版を中心に翻訳されたそうだ。今日は目次だけ見てみたが、確かに章立てや、訳語もだいぶ違うようだが、これからそれを味わっていくのも楽しみの一つかも知れない。読んだところの適当な区切りで、カントはこう言っているに違いないと私が理解したことを短く記述していくつもりだ。従って、余計な世話ではあるがコピペしてレポートを作成する学生がいたら、結果は裏切られること請けあいなのでご注意を。いつできるか分からないが、完成したらまとめて別ブログに掲載する予定。


6月9日(土) ニーチェ『道徳の系譜』④第一論文の十~十一

今日は、ニーチェのキーワード「ルサンチマン(怨恨
ピエール・ドゥ・ロンサール
)」のところこの概念が道徳の価値と意味、ひいては人間の生きる力とどう関わっていくのか?



ニーチェ 道徳の系譜(1887)
(ちくま学芸文庫版。新太正三訳)

「 」内は本文引用。( )内は私の補足。★印は私の一言


十と十一
★いよいよ、キーワードの<ルサンチマン>(怨恨)が登場する。ルサンチマンによって、道徳の価値が逆転し、強い・優良<よい>(グート)が<悪>(ベーゼ)に、弱い・劣悪<わるい>(シュレヒト)が<善>(グート)になる。
「すなわちこれは、真の反応つまり行為による反応が拒まれているために、もっぱら想像上の復讐によってだけその埋め合わせをつけるような者どものルサンチマンである。すべての貴族道徳は自己自身に対する勝ち誇れる肯定から生まれ出るのに反し、奴隷道徳は初めからして<外のもの>・<他のもの>・<自己ならぬもの>に対して否という。つまりこの否こそが、それの創造的行為なのだ。価値を求める眼差しのこの逆転―――自己自身に立ち戻るのではなしに外へ向かうこの必然的な方向―――こそが、まさにルサンチマン特有のものである。」
「貴族的人間というものは、おのれの敵に対していかに多くの畏敬の念を持っていることか!・・・これに反し、ルサンチマンの人間が思い描くような<敵>を想像してみるがよい、―――そこにこそは彼の行為があり、彼の創造がある。彼はまず<悪い敵>、つまり<悪人>を心に思い描く。しかもこれを基本概念となし、さてそこからしてさらにそれの模像かつ対照像とし<善人>なるものを考え出す、―――これこそが彼自身というわけだ!・・・」
「こういうわけで、貴族的人間における場合とは事情はまさに逆なのだ!貴族的人間は<よい>(優良)という基本概念をまずもって自発的に、すなわち自分自身から考え起こし、そこからしてはじめて<わるい>(劣悪)という観念をつくり出すのだ!」

★人類の歴史を顧みれば、貴族的種族(ローマの、アラビアの、ゲルマンの、日本の、ホロメスの英雄達、スカンディナビアの海賊達)が異郷に接する段になると、放たれた野獣とさして違わなくなる。彼らの根底には獲物と勝利を渇求して彷徨する壮麗な金毛獣を認めざるをえない。金毛獣に蹂躙された人々が彼らを<悪い敵>として<ゴート人>とか<ヴァンンダル人>とかと名付け、怖れるのは無理もない。だが今日信じられていること、すなわち<人間>という猛獣を飼育して家畜に仕立てることことこそ文化の意義があると言うこと、これが真っ当だとすれば、反動本能とルサンチマン本能こそ真の文化の道具であることになるが、その反対こそ真実であるのは明白である。金毛獣を怖れて出来損ないの者らの吐き気を催す眺めから逃れられない羽目になるよりも、怖れる方(同時に驚嘆もできるとして)を選ばない者がいるだろうか。今日苦しみ悩んでいる<人間>はそうした選択に直面している。われわれの嫌悪をかき立てるものは、ルサンチマンの人間がおのれを<より高い人間>だと自負する権利を持つということだ。
「今日われわれの嫌悪をかき立てるものは決して恐怖では無い。むしろそれは、われわれが人間に恐怖すべきものをもはや何ひとつ持たないということだ。<人間>いう蛆虫がのさばりだし、うようよしているということだ。」

2018年6月4日月曜日

6月4日(月) ニーチェ『道徳の系譜』③第一論文の七~九

今日は、第一論文 「善と悪」、「よい(優良)とわるい(劣悪)」の七~九。お出かけの前に準備していた分を書いてしまおう。
ヒストリー



ニーチェ 道徳の系譜(1887)
(ちくま学芸文庫版。新太正三訳)

「 」内は本文引用。( )内は私の補足。★印は私の一言


★貴族的階級が僧侶的階級にその支配力を奪われることになったのは、無力な者が強い者に勝利する方法、つまり<よい>者が<わるい>者となり、<わるい>者が<よい>者となる、という精神的な価値の転倒による復讐という方法によっているのだ、というのがニーチェの見立て。ユダヤ民族はその事例として挙げられている。人間の歴史をこのように直視することによって、人間の生の力の源を探ろうとしているのだろう。
「騎士的・貴族的な価値判断が前提とするものは、力強い肉体、今を盛りの豊かな溢れたぎるばかりの健康、加うるにそれを保持する上に必要なものごと、すなわち戦争、冒険、狩猟、舞踏、闘技、さらにはおよそ強い、自由な快活な行動を含む一切のものごとがそれである。これに反し僧侶的で高貴な評価法は―――すでに見たように―――、それとは別な前提を持つ。・・・僧侶的民族であるあのユダヤ人は、おのれの敵対者や制圧者に仕返しをするのに、結局はただこれらの者の諸価値の徹底的な価値転換によってのみ、すなわちもっとも精神的な復習という一所業によってのみやらかすことを心得ていた。」

★価値転換によって果たした復讐の方法とはつぎのようなものだ。神の子イエスは人類の罪を一身に背負って磔刑に処されたのだという (パウロによる)意味づけがなされ、ユダヤ教からキリスト教への転換がおこり、この転換によって、見かけ上は、僧侶的価値が貴族的価値によって滅ぼされて憎悪と復讐が崇高な愛に変身し、キリスト教徒が世界を征服することになった。しかし、禁欲と憎悪と復讐という僧侶的価値観の根は生き続けている。そうニーチェは言う。
「―――だが、君たちにはこれが分からないのだろうか?勝利をえるまで二千年を要したこの出来事を見抜く目が、君たちにはないのだろうか?・・・ところで、その出来事とは次のようなものだ。復讐と憎悪のあの木の幹から、ユダヤ的憎悪―――理想を創造し価値を創りかえる憎悪―――のあの木の幹から、同じく比類を絶したあるものが、一つの新しい愛が、あらゆる種類の愛のうちで最も深く、最も崇高な愛が生え出たのである。」

★民主主義者の自由な精神は、平民の道徳(自由と平等)が勝ったのだから、より高貴な理想のことなど言ってないで、その事実を素直に認めたらどうだという。だがニーチェはこれを認めない。
(自由主義者)「だが、なんだってまだあなたは、より高貴な理想のことなど話すのです!われわれは事実に従おうではないですか。要するに民衆が勝ったのです、―――これを(ニーチェが)あるいは<奴隷>がとでも、<賤民>がとでも、<畜群>とがでも、その他どう呼ぼうとあなたの勝手ですが、・・・<主人>は片づけられてしまい、平民の道徳が勝ったのです。」

2018年6月1日金曜日

6月1日(金) ニーチェ『道徳の系譜』②第一論文の四~六

ピース
今日は、第一論文 「善と悪」、「よい(優良)とわるい(劣悪)」の四~六


ニーチェ 道徳の系譜(1887)
(ちくま学芸文庫版。新太正三訳)

「 」内は本文引用。( )内は私の補足。★印は私の一言

四と五
★ここでは、古典文献学者としてのニーチェの語源学に基づいた<よい>と<わるい>の意味の変遷とその理由が述べられる。要点は二つ、一つは、はじめ言葉が表す意味の根拠が事実や客観性にあったものが、主観的なってくると当初の意味からかけ離れた内容に変化すること、もう一つは、近代の西欧政治思想の一つ傾向として原始社会形態への先祖返りが起こっていること、つまり、かっては実力を持った高貴な身分の人々がその内容を失うとともに、賤民であった被征服民族が支配者となりつつある、ということ、とニーチェは言う。

★ニーチェには大嫌いなものは沢山あるがとくに僧侶階級が大嫌い。そろそろ<わるい>が<よい>に転倒して憎むべき僧侶階級支配の理論が始まる。禁欲的で非行動的な僧侶階級が精神的優越性を持つようになると、高慢・復讐・明敏・放埒・権勢欲・徳・病気は、より危険となる、とニーチェは表現するが、それは人間の欲望を否定するのではなく肯定することの内に道徳の価値を見出しているからなのだろう。

「最高の世襲的階級が同時に僧侶階級であり、・・・はじめは、たとえば<清浄>と<不浄>が、身分的差別の印として対立する。そしてまた、ここでもやがて<よい>と<わるい>という対立が、もはや身分的なそれではない意味(端的に道徳的意味)において発展してくる。・・・こういう僧侶的な貴族社会の中には、またそこに支配している行動忌避的な、半ば沈鬱的で半ば感情爆発的な習慣の中には、はじめから何かしら不健康なものが潜んでいる。そうした習慣の結果として、いかなる時代の僧侶たちにも殆ど避けがたくこびりついているあの内臓疾患と精神衰弱とが、あらわれてくるのである。」

2018年5月31日木曜日

5月31日(木) ニーチェ『道徳の系譜』① 序言、第一論文の一~三

マルコポーロ

 和光大パイデイアの石川輝吉さんの社会人講座で、ニーチェ『道徳の系譜』の講読が始まった。かなり前に一度読んだのだが、今回は講読の途中経過を「読書日記」に書いておくことにした。一年後にまとめて、別ブログに掲載するつもり。今日はその1回目。
 同時に読み進めている本が六冊あるので大変。でも、それらを日誌に記載していく方法を採用すると大体毎日ネタには困らないことに気づいた。が、はたして実行できるか?


ニーチェ 道徳の系譜(1887)

(ちくま学芸文庫版。新太正三訳)

「 」内は本文引用。( )内は私の補足。★印は私の一言

序言
★善悪という価値判断の意味と価値を、その起源に溯って、一から考えようと言う宣言。
「かくして問題はこうなる、すなわち、人間はいかなる条件のもとに善悪というあの価値判断を考え出したか?しかしてこれら価値判断それ自体はいかなる価値を有するか?それらはこれまでに人間の成長を妨げたか、それとも促進したか?それらは生の危機、貧化、退化の徴候であるか?それとも逆に、それらのうちには生の充実・生の力・生の意志が、またその勇気、確信、未来があらわれているのか?」

第一論文 「善と悪」、「よい(優良)とわるい(劣悪)」
★ニーチェは、偉そうに理屈をこねるドイツ観念論哲学(カント、ヘーゲルなど)よりも、浅薄だが事実を見ようとするイギリスの経験論哲学(ロック、ヒュームなど)の方がまだましだと、そちらにヒントを求めた。
「すなわち、われわれの内部世界の<恥部>をされけだし、人間の知的矜持が極力見られたくないと願っているその箇所に、真に活動的な因子、指導的な因子、発展のための決定的な因子を探り出そうとしている(イギリス哲学者たち)。」

★善悪の判断は<よい><わるい>という感性に基づくもの、そして<よい>という感覚の起源は高貴で強い人々自身が感じ取ったもので優良、<わるい>はその反対で劣悪とイメージされるようになり、ここに支配者(優良)と被支配者(劣悪)の対立が起こるという見立て。イギリス経験論・功利主義哲学者は、高級な人々が低級な人々に利益を施す非利己的な行為が低級な人々によって賞賛されることが<よい>の起源であるのに、そのことが忘れられているなどと格好をつけているが、<よい>は自分たちがそう感じていることなのだ。
「<よい>という判断は、<よいこと>をしてもらう人々からおこるのではない!その判断のおこりは、むしろ<よい人>たち自身にあった。すなわち高貴な者たち、強力な者たち、高位の者たち自身にあった。・・・高貴との距離のパトス(その時の感情)、すなわち低級な種族つまり<下層者>にたいする高級な支配者種族の持続的・優越的な全体感情と根本感情、―――これこそが<よい>(優良)と<わるい>(劣悪)との対立の起源なのである。」

★ちょっとした挿入箇所。ハーバード・スペンサー(19世紀イギリスの哲学者。「適者生存」という言葉の創始者)の考えを引き合いに出して、イギリス経験論(この場合は自然科学的合理性)の良いところと足りないところを述べている。多分、善悪の判断の起源である<よい><わるい>という人の感性は自然法則では説明できない、と言いたいのだろう。

2018年5月7日月曜日

5月7日(月) H.アーレント『人間の条件』の研究会が始まった

ベルサイユの薔薇
まだ無名ではあるが、H.アーレントの研究者を講師に招いて、仲間と『人間の条件』(ドイツ語からの森一郎先生の翻訳が最近『活動的生』のタイトルで出たので、そちらも並行し読みながら)を読み始めた。
 著者は、残念ながら1975年に69歳で亡くなっているのだが、彼女が政治というものを哲学的にどのように捉えていたのか、その本当のところを知りたいと思ったのがその動機だ。少なくとも西洋の伝統的形而上学的な考え方ではなく、人間の実存からの思考のはずだからだ。
 まだ、第一章まで読んだところだが、アーレントの政治哲学の基盤となっている部分が覗えて先が楽しみだ。人間の知識が己自身を滅亡させるほどの現実をもたらしたこの不安に満ちた現代において、人間の本質を問うのではなく、人間が人間たる条件を問うこと、それがはじめの問いだ。

2018年5月5日土曜日

4月30日(月) 『資本論』完読祝い

良い香りの「芳純」
仲間と始めた『資本論』全三巻の講読会が4月30日に終了した。一人で読むのは続かないだろうと仲間に呼びかけ、はじめは3人くらい集まれば始めるつもりであったが、結局平均7名くらいは継続してくれた。読書会の回数は31回、期間にして3年10ヶ月、回り持ちでレジュメを作って残してある。最後は意地で終わらせた感じではあったが、確かに完読した。現代では人気がなくなったとは言え、その考え方の一部は現代国家の政策にも採り入れられており、やはり名著として読み継がれる価値があると思った。
 私自身のまとめは別途作成し、第一巻については別ブログ「爺~じの哲学系名著読解」に26回に分割して各章毎に、第二巻については「爺~じの「本の要約・メモ」」に一度に、まとめてある。第三巻については一度にまとめて作成中。
 本書を一言で紹介しろと言われたら何と答えたら良いだろう。例えばこういうのはどうだろうか。マルクスは19世紀の西欧において起こっている社会の不幸を目の当たりにして、同じ人間達なのにどうしてこんなことになっているのだろうか、どうすれば良くなるのだろうか、と問い、人間の基本的営みである経済活動の研究を通してその答えを出そうとした。本書は、まず経済学の本である。しかし、富が生み出され、分配され、増殖し、また恐慌が発生して不幸が襲うという現象の説明には、当然のこととして、政治・社会の力関係を理解しなければならないし、将来の社会構想の一部分も述べなければならないことになるから、それらのことも本書には記述してあるが、そのまま現代には通用しないのはマルクスのせいではない。
 人間社会における経済活動は、生活に必要なものをつくり出してお互いに交換し合う(多くは貨幣を媒介して)人間活動の一つ、ということになるだろう。マルクス経済理論の根幹は、大きく捉えれば労働価値説と剰余価値説となる。前者は既に17世紀末頃からは西洋世界で一般に信じられている説なので基本的には新しい考えではないが、後者は、労働から生み出された価値のうち、一部が労働する人のものではなくて労働する人に賃金を支払って雇い入れる側の人びとの手に渡る仕組みとなっているのだ、という説。利子や地代などについても、上記の考えから、一言で言えば剰余価値の分け前として説明される。
 もう一つ、マルクスの考えには次のような前提があると思う。経済活動の生み出したものの内には価値というものが備わっていて、それが経済活動のいろいろな場面でいろいろな形態として目に見えるものとして現れてくる。例えば、商品、貨幣、支払手形、等々。そしてそれらには、元々備わっている価値とは別に、目に見えないある力が備わっている。資本と呼ばれるものである。この資本が社会的諸関係によって様々な形態をとりながら運動しており、そこには法則がある。つまり、一番基本にある概念としての商品に備わっている価値(価格はその表現)は、人が作りだした理念であって、言ってみれば哲学で昔から問題にして生きた、真・善・美のような類なのかも知れない。とすると、いくら科学の装いを纏っても、その部分に関しての経済学としての疑義は申し立てられそうだ。とても難しそうだけど。
 
 
 
 

2018年4月5日木曜日

4月5日(木) アインシュタイン『物理学はいかに創られたか』。これは哲学書である



本書は物理学の巨人アインシュタインと著名な物理学者インフェルトによって著されたものを1939年に石原純先生が岩波新書の上下二冊として訳されたものです。私は1966年に初めて読み、その後カントの『純粋理性批判』を読書中に、物理学の哲学的思考の推移を改めて追ってみたくなり再読した。本文は2004年に感想文として書いたものの改訂版です。
原著の序文には次のような一文が記されている。「私たちの目的とするところは、むしろ人間の心が観念の世界と現象の世界との関係を見つけ出そうと企てたことについて、その大要を述べてゆこうとする点にあるのでした。つまり世界の実在に対応するような観念を科学の名で案出してゆくところの原動力を示そうとしたのでした。」。科学の価値は、結果として得られる事実としての知識だけではなく、より本質的には哲学的な思考にあることが示されている。この本質を理解することなしに科学の知識だけを利用しようとするならば、人間という種は絶滅するだろう。
上巻は古典力学が中心に述べられている。力の概念と関係、運動の概念とガリレオの相対性、物質の属性としての重量質料(重さの指標)と慣性質料(動きやすさの指標)の統合、エネルギー伝達としての波動の概念と力学の関係、何故エーテル(空間を満たしている仮想の実体)という奇妙な概念の導入がなされたか、などなど。それら全てにわたり、自然に対する認識には哲学的思考が必要とされていたことが理解できる。
人が対象を認識するにはその対象を良く観察して本質を洞察することがなにより重要だが、ただ漫然と観察したり想像してみただけでは何も見えてこない。観察したり推論したりするその意識の方向が定まり関心の密度が濃くなっていくことが必要となる。それを可能ならしめるのは、思考実験と論理的に矛盾しない理論的仮説つまり人間の精神が生み出す創造物、及びその仮説の実証行為であると思う。実証行為には必ず条件、例えば実証するための道具(例えば望遠鏡)の種類や性能、数学や計算速度、もっと広くいえば経済力や人間の教育、等々が変化(科学対するそれは進歩と捉えられることが多い)するのだから仮説と実証という人間の営みは果てしなく続く。
下巻は、相対性理論と量子論について語られている。慣性系(普通、人が感じ取っている生活空間における運動を理解するにはこれで十分)における特殊相対性理論が時間と空間が関係していること、つまり、運動しているものは時間の経過が長くなり空間の距離が短くなることが示される。物質とエネルギーの同一性も呈示される。一般相対性理論が慣性系という座標から開放され、ニュートン物理学を完全に包括し、座標に関係のない物理学理論を構築する。日常の世界から離れて、世界の始原と果てに対する問いへの科学的探究がここから飛躍する。エネルギーと物質が等号で結ばれ、物質を構成する究極の構成単位への問いにはエネルギーについてのそれと等号で結ばれ、量子論がその問いに対する科学的探究を飛躍させる。
現代において人びとの日常生活を一変させている人工的な物質や莫大な量のエネルギーや時空を越えた交通・情報伝達サービス等々は、これらの科学およびその応用である技術の結果に依っている。しかしこれらの結果を生んだ科学についての哲学的問いの動機は、せいぜい好奇心ぐらいだろうとしか一般には理解されていないようだ、つまり結果には注目するが根拠には興味が無い。科学に対する好奇心が他のものに対するそれに比べてとても強かったから科学がこれだけの力を持つたわけではないだろう。
精神的存在としての人間は、「観念の世界と現象の世界との関係を見つけ出そうと企てる」ものなのだ、という著者らの洞察は哲学的本質を突いている。そして、世界の始原と果てに対する問い、物質を構成する究極の構成単位への問い、は今でも最先端の科学研究として続いており今後も果てしなく続くだろう。しかし、これらの究極の問いには答えはないことは18世紀末にカントによって著された純粋理性批判に記述されている(アンチノミー)。だが、ここで重要なのは、その「答え」とは何であるのかと、という問いの意味だろう。自然に対するその問いは、人が何かを、例えば世界の果てや究極の物質、を認識するという意味は何であるかという問いに包括される。

2018年3月7日水曜日

3月7日(水) カントは70歳を過ぎて『永遠平和のために』を出版した


今日は、10年ほど前に書いた『永遠平和のために(カント)』のメモを記載した。

シンデレラ
200年以上前に書かれたこの本は、大哲学者カントが晩年(71歳の時に初版)、永遠平和を希求して著したものだ。訳者は解説で、カントはこの原理を更に展開したいと語っていたが実現しなかった、と述べているように、本書には原理しか書かれていない。しかし、それが却って原理を際立たせてくれる。現実を追認して肯定する視点からは、永遠平和を達成する原理を理解することの大切さは見えてこない。だから、今でも読む価値がある。

内容をかいつまんで記述してみると次のようになる。本の構成は二つの章と二つの補説および付録二項からなっている。第一章は、人類がこのまま行けば戦争により滅亡するであろうことを防ぐための条件が書かれていて、六つの条項から成っている。特に有名なのは、「常備軍は、時とともに全廃されなければならない」という条項である。

第二章は、永遠平和のための三つの施策が書かれている。その施策とは、国家は共和制でなければならないこと、国際関係は自由な諸国家の連合制度に基礎を置くべきこと、世界市民法は普遍的な友好の諸条件(征服ではなく、友好的な訪問の権利が認められ、それが次第に世界市民体制へと近づける、という考え)で規定されるべきこと、である。

補説では、それらの根拠として主として自然の合目的性(カントの言う目的性については『判断力批判』に書かれている)を挙げている。

付録では、基本的にカントの定言命法(『実践理性批判』に出て来る命題で、「自分の行為のルールが、同時にいつでも誰にとっても妥当なルールとなるように行為せよ」というもの)と義務を求める道徳哲学に基づいた議論がなされている。

その他、政治と道徳の二律背反(二律背反=アンチノミー、に関しては『純粋理性批判』に書かれていて、とても面白い)公表性をキーワードとして一つの原理を提出している。

2018年2月28日水曜日

2月28日(水) フッサールの哲学は、哲学を端的に知るのに最良の哲学

 3月3日から一泊二日で哲学合宿に行く。主なテーマはフッサールのイデーンⅠの講読だ。そこで2005年に書いた「イデーンⅠ」の冒頭に書かれている「あとがき」部分だけの要約を読んでみたら、改めて題記のことが思い起こされた。「イデーンⅠ」という本は普通読んでもわからないが、この「あとがき」部分は、哲学って何だろうと思った人には誰にでも、何となくわかったような気分を生じさせてくれる。この部分の要約は別ブログに掲載した。

 哲学の意味をもっともわかりやすく書いてある名著が最近出版された。といっても哲学の解説書ではない。従来の哲学を一歩踏み越えて著者が提示した哲学書だ。竹田青嗣著『欲望論 第一巻「意味」の原理論』『欲望論 第二巻「価値」の原理論』がそれだ。二冊で厚さ9cmもある大著だが、いつか別ブログにその要約をアップロードしたいとは思っている。

2018年2月19日月曜日

2月19日(月) カント『純粋理性批判』の感想文

『純粋理性批判』の「名著読解」が、遅々として進まず何時できるか判らないので、2008年に書いた感想文を改訂して掲載した。


カクテル
『純粋理性批判』には、ものごとを認識するとはどういうことなのかという問いに対するカントの答えが述べられている。その概要は次のようなものだ。

まず認識には対象があるのだが、その対象の認識は、アプリオリに(経験に先だって、先験的に、生まれつきに)人間に与えられている二つの能力、すなわち感性と悟性によって可能となる。感性は経験がもたらすものによって機能し、悟性は感性がもたらすものによって機能するのだが、人間はもう一つ理性という能力を持っている。理性は、経験を越えて推理するという性質を持っている。

対象の認識は以上のようになされるのだが、対象そのもの自体(物自体)が何であるのかは決して知ることはできない。あくまでも人間のアプリオリな感性や悟性を通したものとしてしか認識できないからである。

感性により与えられた(即ち五感を通じた経験によって与えられた)素材を概念として認識する形式はアプリオリに与えられており、純粋悟性概念(カテゴリー)と名づけられる。悟性の形式は、量、質、関係、様態に区分される。多様な概念が個人の中で総合される形式はアプリオリに与えられてあり、それは純粋統覚と名づけられる。

理性は、カテゴリーの適用する範囲を経験の外にまで拡張して、ある対象を認識することを我々に要求する。理性は、カテゴリー毎の最も根源的問いに対して相反する命題を成立させる。つまり、理性は根源的な問いに対して相互に矛盾する答えを推理することになる。ここれをアンチノミーと言う。根源的な問いとそのアンチノミーは四つある。世界の始まりと果てについての問い、物を構成している根源に対する問い、因果関係の根源に自由が存在するかどうかという問い、世界の原因としての必然的存在者の有無に対する問い、である。問いの答えとしては、前二者は両方とも誤りで、後の二者は両方とも正しいとしている。その理由は、我々が認識できるのは物自体ではなく現象であるからだという。

カントの認識論の理論的枠組みは画期的なもので相当説得性があると思う。しかし、認識対象が自然ではなくて人間の場合には、本書とは別の『実践理性批判』(善悪、倫理、道徳がテーマ)と『判断力批判』(美醜がテーマ)で語られていることを併せて理解する必要があるのだろう。但し、これらの著作も本書によって構築された理論的枠組みを基盤にしているので、本書を読めば人間を対象とした問いに対しても、理性の推理を使って個人的に相当追い詰めることも出来るかもしれない。

 本書で特に面白いと思ったところは、アンチノミーの箇所であった。世界の始まりやその果てはあるのか、物体はそれを構成している最小単位から成るのか、という問いに対しては、「物自体」は決して認識できないのだから、根源的な問いに対する最終的な答えはないことになる。つまり、宇宙論や素粒子論などには最終的な答えがないことになる。しかしこのことは、人間にとって、自然科学の探究の意味を減じるのではなくてその意味を変容させるのだろう。生成の因果を遡ると自由と言う究極原因があるのか、世界の存在原理としての至上なものはあるのか、という問いは、知ることのできない「物自体」に対する問いではなくて、世界の「現象」に対する問いであり、自由や至上なもの(象徴的には神)に対する問いであって、ここから人間を対象として話が進んでいくことが可能になるのだろうと思う。こうなると、後世の哲学書や社会科学書を読むには、カントの本書は必読なのだ。

2018年2月12日月曜日

2月12日(月) ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』新潮文庫

4年ほど前に仲間の文学系読書会で読んだ時の感想文。
芳純:良い香りです

旧ロシア社会の分裂した実存を背景にして描かれた分厚い人間・社会洞察がすごい本だ。一言で言えば、150年程前のロシア事情を背景に置くことによって、人間存在の本質を鋭く抉り出した父親殺し推理小説仕立ての社会派小説。内容が分厚い上に多様なので、読むたびに新しい発見があり、その度に深く考えさせる小説だ。因みに今回は一回目の通読。

日本で言えば幕末の頃、ヨーロッパ後進地域のロシアでは、近代の形式を取り入れつつも、その社会実体は農奴と貴族に分裂し、精神は伝統的キリスト教に支配されていた。そのことは実存の分裂と後の共産主義革命の芽を育んでいたのだろう。欲望、良心、自尊心、嫉妬、絶望、希望、等々人間存在の本質の様々な側面が、親子、村落や宗教の共同体、男女、世代等の様々な関係から抉り出され、それがカラマーゾフ的と言うロシア社会の本質も抉りだしている。

ソ連の崩壊はカラマーゾフ的精神の復活で、ヨーロッパ近代への運動の続きかも。すると、昨今の日本の状況が思い浮かべられてきたりして、やはり優れた古典は、あらぬ想像もかき立てるものだ。

2018年1月16日火曜日

1月16日(火) 政治思想・哲学のこと

 政治思想・哲学についてもう少しまともに考えてみたいと思うようになって数年経つ。近代のそれについては、とりあえず考えるための基礎となる古典(ホッブズからマルクスまで)は一応読んであるが、現代の政治思想についてはロールズが良さそうだと友人が言うのでそれを読んでみようと思っている。多分一年くらいはかかるだろう。
 そんなことを考えながら以前読んだ本のメモを見てたら、福田歓一先生の近代の政治思想』(岩波新書)の読書メモがあった。結構真面目に書いていて、30ページくらいあった。で、これは別ブログ爺~じの「本の要約・メモ」に掲載した。

2018年1月15日月曜日

1月14日(日) 再び縄文人恐るべし『タネをまく縄文人』(吉川弘文館2016年)

ハマナシ
著者は小畑弘己さん、1959年生まれの熊本大学の先生。考古学の分野は新しい知見がどんどん出てくるから、時々最新の著作を覗いてみることにしている。なにしろ、縄文時代と日本人が名づけている時代はざっと1万年前くらいから、弥生時代はB.C.1000年くらい前から始まっていたというのが21世紀の常識となっているらしい。それらはひとえに化学分析方法の進歩によるもので、本書も副題は「最新科学が覆す農耕の起源」となっている。

 栽培植物の起源を素人にも分かるように書いてくれた本では、1966年の岩波新書『栽培植物と農耕の起源』(中尾佐助著)を思い出すが、そこには確か、バナナは最古の栽培植物で、一説によると10,000年前から栽培されたものであり、サトウキビやタロイモも古い栽培植物であったが、米や麦はこれらより新しい栽培植物であった、とか書いてあったように思う。生憎探したが手元になかったから、どうしてそれらが栽培植物であったのかと言える証拠は不明。多分直接の証拠はないと思う。小畑さんも本書で、縄文人が米や麦を栽培していたという説は、その米や麦をAMS法(加速度質量分析法)で直接測定したら、大部分が後年の混入物であったことが判明したので、とりあえず否定されているとのこと。
 
 本書の目玉は、ダイスや小豆は日本列島で7000千年前から栽培されていて、しかも、この文化は東から西に伝わった、とか、当時のコクゾウムシの直接観察もそれを裏付けているという話だ。どうしてそう言えるかというと、圧痕法という方法がSEM(走査型電子顕微鏡)やCT(人間ドックで使うやつ)の進歩によって有効になってきたかららしい。圧痕とは、土器を作るときに、まだ固まらないうちに土器の外側の底などに紛れ込んだものの鋳型で、これをもとに元のダイズや小豆、コクゾウムシを復元する技術が開発されて、大きさが明確に測定できるかららしい。

 縄文人とくれば、毛皮を着た髭ずらで獰猛な男たち、なぜか女のイメージは湧かないが、なにしろ野蛮人というイメージだが、これは人間が先入観に支配されやすいことと、近世の進歩史観のなせるわざであって、文化の歴史、つまり生きている価値を大切に思う暮らし振りの歴史という視点から見れば、縄文人がまた見直された。

2018年1月8日月曜日

1月8日(月) ヘロドトス『歴史』

1月に咲いたバラ
十四・五年ほど前のことだが、2001年にイスラム過激派に破壊されたアフガニスタンのバーミアン石仏・大仏修復の責任者も当時されていた前田耕作先生が、東京の朝日カルチャーセンターで、ヘロドトスの『歴史』を読む講座を開催されていて、その講座を2年間ほど受講していたことがある。岩波文庫3冊分に沿って本を読みながら、その都度配布される関連史料を使いながらの、とてもていねいな講義であったことを覚えている。その史料はファイル2冊分に及ぶ。

実際本書は、それだけ貴重な人類の文化遺産なのである。著者(ヘロドトス)の行動力や博識もさることながら、人間の理性に信頼を置いたその合理的態度にはひたすら感服するのみで、学の精神とはそのようなものだろうと、前田先生の本書に対する名講義とともに、そのことだけは良く覚えている。

紀元前五世紀頃に著されたこの本は、次のような感動的な文章で始まる。『本書はハリカルナッソス出身のヘロドトスが、人間界の出来事が時の移ろうとともに忘れ去られ、ギリシャ人や異邦人(バルバロイ)の果たした偉大な驚嘆すべき事跡の数々---とりわけて両者がいかなる原因から戦いを交えるに至ったかの事情---も、やがて世の人に知られなくなるのを恐れて、自らの調査したところを述べたものである』


ここには、過去や現在の本当のことが後世に知られなくなる事を恐れて、それを調べて、記述して残すという思想が明確に表現されいる。また、実際そのことが当時において可能な限り実行されている。これは実に驚くべき人間の知性だと思う。

上巻は、著者の時代より100年以上遡った頃からの史実や古くからの伝承や他者からの伝聞などを区別した上で、ギリシャ地域、リディアから始まりペルシャに至るまでの地域、エジプトなどの先進地域、更にアフリカやインドやコーカサス以遠にまで言及しながら、ペルシャ戦争に至るまでのいきさつが書かれている。

物語として通読しても面白いと思うが、そこに語られている個別の出来事も、当時の人の考え方も、ヘロドトスの意見も、歴史の教養が深まればそれだけまた面白くなるのだろう。しかし、それはまた果てしない旅路でもある。



2018年1月4日木曜日

1月4日(木) 津田左右吉『シナ思想と日本』岩波新書1938


秋明菊
14年ほど前に本書を読んだ時の好印象は覚えていたが、内容は殆ど忘れていた。今回本書の読書メモ再読してみて、一部追加訂正し感想文として残しておくことにした。

この本は二つの論(前編「日本はシナ思想を如何にうけ入れたか」、後編「東洋文化とは何か」)を一つの新書にしてある。始めのものは1933年(津田先生60歳)、後のものは1936年の作品に基づいているが、何れも津田先生晩年のものだ。

日本は歴史上(大略2000年ほど前から1000年間ほど)当時の先進文化圏であった中国から多くの文物を移入してきた。だから日本はシナ(中国)と同一文化圏であると漠然と思いがちだがそれは浅慮であて、津田先生は以下のように述べている。

文化・思想はそこに住む人々の生活に密着したものであり、時の先進文化圏から文物を移入したからその文化圏に従属するものではない。日本の知識人たちは自らの思想を自らの言語で深めることなく、儒教等のシナ思想に根拠を求めたから、シナ思想に幻想を抱かせることになった。元来シナ思想は政治上の利便的思想であり、漢文は思想の表現ではなく統治の手段であり、ために文学は発展せず、哲学も宗教も深まらなかった。隣国日中両国の協力関係構築は非常に大切なことである。それゆえ尚更日本の過去の文化とシナのそれとは同じ東洋文化であるという間違った認識は修正しなければならない。

後編の終わりに書かれてある次の文章は心に重く響くものであった。「シナもインドも長い歴史を経過しては来たが、実は時間が長いのみで歴史は短いといってもよい。そこには西洋における如き中世史も近世史も無く、現代史は固より展開されず、畢竟、上代史の延長があるのみである。」
 本書が著された時代は、日本のナショナリズムが隆盛であった。そのことが本書の歴史観に反映されているとしたら、どのようなところなのだろうか。80年ほど経過した今日、津田先生の歴史観の普遍的部分とそうではない部分を区分して認識すると、どうなるのだろうか?問いとして持ち続けたい。

2018年1月2日火曜日

1月2日(火) 本年の初めは『プロ倫』です


 マルクスの資本論を四月頃には全巻読破する予定なのだが、関連して、つまり資本主義というものを40年ほど後に取り上げているという単純な意味で、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1906年)の箇条書きメモを再読してみた。確かに同じ資本主義ということばを使ってもそのの捉え方が違うぞ。その違いをいつか記述してみたいが今は置いておく。

 ところでA4で10枚ほどの要約だから短いのは良いのだけど、内容はといえばとても誉められたものではない。といっても、恥を忍んで掲載しておく方がしないよりましだと思い、少し補足・修正して別のブログ爺~じの「本の要約・メモ」に掲載した。

 「プロテスタンティズムの倫理」と「資本主義の精神」というものがあって、この二つが関係しているということが書かれているのだが、どんな関係があるのだろう?つまり、カルヴァニズムというキリスト教プロテスタントの一派を特徴的づける教義の「予定説」(恩恵による選びの教説)を基にした生き方が「倫理」の方で、神が与えた「天職」に勤しむことが「精神」の方で、そこには関係があると。でも、この二つに関係があると信じることが出来るのはなぜだろう?という肝心なところは今一つ理解できていない。象徴的に言えば「働かざる者食うべからず」ということかも。これは間違いではないけど、これでおしまい、ではないでしょう。

 しかし、つぎのくだりなどは、もう少しマックス・ヴェーバーの社会学を理解したいと思わすのに充分であると思います。
「・・・不断の労働をともなう事業が「生活に不可欠なもの」となってしまっているからなのだ、と端的に答えるだろう。これこそ彼らの動機を説明する唯一の解答であるとともに、事業のために人間が存在し、その逆ではない、というその生活態度が、個人の幸福の立場から見ると全く非合理的だと言うことを明白に物語っている。」