ハンナ・アーレント『活動的生』(森一郎訳、みすず書房)
第二章 公的なものの空間と、私的なものの領域
6 社会の成立
この節の一言⇒私的領域の公的社会に対し個人はどうするの?
この節では、近代以降に新しく出現した<社会>という領域とはどのようなものなのか、が語られる。アーレントの言う<社会>という概念は新しい概念であり、彼女の政治哲学におけるキーワードの一つだろう。従って当然分かりにくいのだが、一言で言ってしまえば下記のようになると思う。しかし、多分これでは分からないだろう。続いて書いた*印の箇条書きの分と文脈から理解を補うほかはない。本文にも、英文で著者か書いた『人間の条件』の日本語訳には書いてなかったり、意味が同じとは言えないような部分もあり、併せ読んでも難解な部分が多々ある。
<社会>は、私的な家政の領域でも公的なポリスの領域でもない新しい人間集団のあり方を指す概念である。<社会>は私的領域が巨大に拡張したものでありながら、私的なものと対峙するものであり、それまでは私的なものが対峙していたはずの公的なものは次第に内面の自由が保障される私的領域へと押しやられるようなものである。<社会>とは、その個々の内部において共通の利害関心によって束ねられた、同じ態度ふるまいを求められる、最終的には画一主義に基づく、統治者のいない自主的な統治形態である。「<社会>とは、とにかく生きることというただ一つの究極目的のために、人間同士が互いに依存し合うこと、ただそのことのみが、公的意義を獲得するような共存の形態である。」(pp.57)
<社会>は、私的な家政の領域でも公的なポリスの領域でもない新しい人間集団のあり方を指す概念である。<社会>は私的領域が巨大に拡張したものでありながら、私的なものと対峙するものであり、それまでは私的なものが対峙していたはずの公的なものは次第に内面の自由が保障される私的領域へと押しやられるようなものである。<社会>とは、その個々の内部において共通の利害関心によって束ねられた、同じ態度ふるまいを求められる、最終的には画一主義に基づく、統治者のいない自主的な統治形態である。「<社会>とは、とにかく生きることというただ一つの究極目的のために、人間同士が互いに依存し合うこと、ただそのことのみが、公的意義を獲得するような共存の形態である。」(pp.57)
<社会>は、近代個人の発見、家族の崩壊とその拡大吸収、私的領域からの自由労働解放、近代科学の手法によって出現し発展してきた。ルソーによって自覚的に発見された内面性の自由を核心とする近代個人は、その社会自体が本質的に持っている水平化傾向に対する反発から生じたのだが、誤解してはならないのは、この水平化傾向は近代の理念とされている平等とは無関係なことである。
しかし何故そうなってきたのか、「それは、<社会>によって、生命プロセス自体が、多様このうえない形態において公的なものの空間に導き入れられたからである。」(pp.56)という。著者のパースペクティブはここでまた焦点を、生物プロセスの循環の世界へと遠方へ移される。
最後に、近代以降出現してきた<社会>は、個々の人間の卓越性が住む場所を奪うとともに、人類の進歩のお陰でわれわれ自身が住んでいる世界という場所を急激に変えているが、この世界という空間の変化自体が問題であることが指摘される。社会科学は人間のふるまい方の変化だけを、人間的実存に関する心理学的解釈だけを問題にしているにすぎないからであり、公的なものは、卓越性がそれに相応しい場所を見出すことができる限りで、世界の空間となることが出来るからである。
*「家政という内なるものが、それに属する活動、配慮、組織形態とともに、家の暗がりから、公的に政治的な領域の光あふれる外に出てきたとき、社会的なものの空間が成立した。」(pp.46)
*現代のわれわれにとっての私的なものとは、内面性の領域を言い換えたものに、ほかならず、古代ギリシャでは全く見知らぬものであった
*内面的なものの最初の自覚的発見はジャン-ジャック・ルソーで、彼をして内面的なものへ導いたのは、社会の中で人間の心が耐えがたく歪められることに対する反抗であった
*内面的なものも社会的なものも家屋敷や公的場所のような明確な領域を持てないから、それらは主観的な何かとして現れる。ルソーは両者を人間的実存の形式として捉えた。近代的個人は自分自身の社会的存在に対する心のこの反抗において生まれた。
*近代的個人は、社会の内で居心地よく感じることも、社会の外部に生きることも、どちらも出来ないという二重の無力さから生じる無限の内的葛藤状態のうちへ巻き込まれていく
*このルソーの発見の真正さは、以降の多くの人により確証されており疑いの余地はない。18世紀の中頃から19世紀の2/3が過ぎようとする頃まで、詩や音楽や小説が発展して、社会的なものを真の内実とする独立した芸術形式となった。公的な芸術形式、とりわけ建築は没落の憂き目に遭った。これらのすべては、内面的なものと社会的なものがいかに相互に密接に関係し合っているかを示している
*社会に対する反抗の対象は、とりわけ、今日われわれが画一主義と名づけている社会の水平化傾向である。この社会の水平化傾向はあらゆる社会の徴表であって、平等の原理に基づくものではない
*この水平化傾向に対する反抗が始まったのは、トクヴィル以来往々にしてわれわれが画一主義に対する責任を負わせる平等の原理が、社会体や政治制度においてじわじわと本領を発揮するよりも以前であった(⇒トクヴィル批判も含意されている)
*<社会>は、それに属する人々全員に、一個の大家族を構成する成員のように振る舞うことを常に要求する。なぜなら、社会的なものの興隆と家族の崩壊が期を一にして起こり、それらの家族は、その生活水準を同じように維持できる集団としての個々の社会に吸収されたからである(⇒そのような個々の社会は階級を作ったはず)
*従って、そのような個々の社会の構成員は、共通の利害関心を持つことにおいて水平化しているのであって、対等同格を旨とする平等という状態とは無関係であり、むしろ家父長の専制的権力の下での家族の全構成員の平等と同質である
*利害関心が一致する多くの家族が加算されて一個の集団と化した社会においては、その利害関心の力も加算されて強力になり、その力自体が家長の権力に代わる役割を果たすようになる。「まったき自発性において完全な一致が達せされる、われわれになじみの画一主義は、この発展の最終段階にすぎない。」(pp.50)
*一者の支配という君主制的原理は、古代では家政に典型的な組織形態と見なされ、絶対王政の宮廷ではその家政に代表されるのだが、近代社会においては一者の支配ではなくて、その代わりに誰も支配も統治もしないが支配自体は存在するという事態に至る
*誰も支配しないという現象は、いかなる人格とも結びついていないからといって専制的ではないということではない。国民国家の発展の初期段階においては啓蒙専制的な絶対君主制が、最終段階では官僚制の支配がそのことをよく教えている
*「最終的にこの現象にとって決定的なのは、ひとえに、社会がそのすべての発展段階において、家政と家族の領域がかつてそうしたのとまったく同様、<行為>を排除するということである。<行為>の代わりとなるのが、態度ふるまい(=Sich-Verhalten⇒自らとる態度、「忖度」とか「空気を読む」という訳もいいかも)である。」(pp.50)
*<社会>がこの態度ふるまいを規整するために指定する無数の規則は、個々人を社会的に規格化しては社会の務めを果たせる者に仕立て、自発的な行為も卓越した業績も阻止するという点に帰着する
*ルソーにとって問題だったのは因習に囚われた上流社会のサロンだった。個人と社会的地位とのこの同一視にとっては、半封建制的、19世紀の階級社会、現代の大衆社会等、どのような秩序の枠組みにおいて行われるかは比較的どうでもよいことだ
*20世紀には最終的に、大衆社会が社会的階級と形成された集団を吸収してその内部を水平化した。大衆社会は、社会の外部に立つ集団がもはや存在しない段階である
*公的なものの領域を社会が征服したという事実は、そのことが政治的にも法的に承認されたことであり、そこでは卓越性と独自性の発揮は自動的に個々人の私的関心事と化している
*近代的平等(Egarität)は社会の画一主義に基づいている。Egaritätは古代ギリシャのポリスにおいて周知であった同等(Gleichheit)とはあらゆる点で異なっている。
*Gleichheitはポリスの公的空間において、同意同格の「同等の人々」に伍してして生を送ることの許された特権的小規模集団に属することを意味し、そこでは誰しも卓越性を試す可能性を持ち、この可能性のためにこそ公務の負担と重さを進んで引きうけた
*<社会>の成立と踵を接して起こった科学である国民経済学もこの画一主義に基づいている。かつての経済学は、人間が経済においても依然として行為する存在であると想定していたが、いまや科学によって、態度ふるまいの形式を研究して斉一的に体系化することが可能となった
*統計学にとっては<行為>という偏差は取るに足りないことになってしまい、そこからは経済学の本当の意義を見出すことは出来ない。それは丁度、歴史の進展自体を中断させる希な出来事がその進展の本当の意義を示すのと同様である。
*数量の大きな領域では、統計的法則が妥当する。政治においていえば、政治的構成された共同体(ゲマインシャフト)の人口が多いほど、非政治的で利益社会(ゲゼルシャフト)的な要素が、公的領域の内部で優位を占める事態が増えることを意味している
*ギリシャ人達は統計学を知らなかったが、ポリスが存立するのは市民の数が限界内に抑えられているときだけであるという事実ならよく知っていた。彼らは、ギリシャ文明とは異質な、画一主義、行動主義、自動機構を特徴とするペルシャ文明を知悉していたからである
*現代において、<社会>は日常的なものの「幸福」しか知ろうとしない。それゆえ、社会科学のうちに、自分自身の実存に見合った「真理」を求めて見出す
*均一化された態度ふるまいは、統計学的、科学的に取り扱うことが出来る。だが、アダムスミスの「神の見えざる手」を含めて、古典派経済学が設定した仮定と理論、つまり利害関心の自動調和的な自由主義的仮定の下で、対立し合う利害関心の調和を繰り返すという理論では十分とは言えない
*マルクスと自由主義的経済学者達との相違は、彼が対立し合う利害関心という事実を真面目に受けとめ、そこから「人間の社会化」は利害関心の調和化に自動的に至るという結論(⇒資本の自己運動と資本主義的体制の自動的崩壊)を引き出した首尾一貫性である
*マルクスはまた、「一切の経済学理論の根底に存する「共産主義的虚構」を実際に確立しようとする彼の提案が、彼の先行者達の理論よりも、とりわけ気概に富む点で傑出していた」のも同様である。」(pp55)(⇒多分、同様というのは首尾一貫性についてだろう)
*当時はまだ困難だったのだが、マルクスが理解していなかったのは、共産主義社会の萌芽はすでに国民経済のリアリティーの中に予め形成されていたということ、そしてこの萌芽の開花が、階級の利害関心に因って起こるのではなく、古臭くなっていた君主制国民国家の構造によって妨害されていたということである
*社会が完全に発展し、他の一切の非社会的要素に勝利を収めれば、社会は必然的に「共産主義的虚構」を生み出す。この虚構の徴表は、そのなかではげんじつに「見えざる手」による支配がなされ、その支配者は一個の誰でもない者だという点にある
*現代の大衆社会の状況は「あたかも、ほかならぬ人類が、人間性を死滅させることが出来るかのようである。」(pp.57)
*「<社会>とは、とにかく生きることというただ一つの究極目的のために、人間同士が互いに依存し合うこと、ただそのことのみが、公的意義を獲得するような共存の形態である。」(pp.57)
*「活動が私的に行われるか公的に行われるかは、決してどうでもよいことではない。明らかに、公的空間の性格は、いかなる活動が公的空間を満たすか、に応じて変化する。他方で、活動それ自身も、私的になされるか公的になされるか、に応じてその本性を変える。」(pp.58)
*<社会>の出現に伴って労働は公的領域へ解放されたが、それが生命プロセスの必然的活動であるという性格は寸毫も変わっていない。その結果、労働プロセスは生命の永遠回帰の円環から解放されて急激に進歩する発展のうちに駆り立てられた。
*「社会はいわば、自然的なもの自体の不自然な成長とでもいうべきものを解き放ったのである。」(pp.58) 。「自然的なもの自体の不自然な成長」とは普通、労働生産性の絶えざる加速と記述される
*<社会>やその膨張は、一方では私的かつ内面的なものの、他方では狭義の政治的なものの、無力さを明らかにした
*分業とそれに続く生産性の上昇は、労働が公的なものであるという条件の下ではじめて成し遂げられるものである。というのは、分業という労働の組織化の原理が明らかに私的なものではなく公的なものであるからである
*卓越性はという言葉は、ギリシャ語でもラテン語でも、徳が発揮される場という意味であって、そのような場は、つねに公的なものの領域であり、現前する他者と自分との隔たりを生み出す形式的枠組みと空間を必要とする
*<社会>においては、卓越性は個人ではなくて人類の進歩のお陰とされるから匿名化される。だからといって公的業績と個人の卓越性との関係は否定し去ることは出来ないのは、労働が私的ではなく公的となり、行為と言論が私的で内面的領域へと劣化しつつ閉じ込められたからである
*「われわれが労働と制作により獲得するものと、労働と制作によって作られたこの世界のうちでわれわれ自身が活動する当の仕方との間の奇妙な不一致については、しばしば指摘されてきた。」(⇒奇妙な不一致とは、簡単に言うとチャップリンの「モダンタイムス」のような事態のことか)
*奇妙な不一致について一般に言われているのは、科学技術の進歩に人類の進歩が追いつかない(⇒というよりも、日常生活のリアリティーが追いつかないことだろうと思うが)というだろうが、それは依って立つ視点がずれた判断である(⇒といいたいのだろうと思う)
*(⇒この視点のズレは、現代社会に対する批判が問題にしているのは「人間のふるまい方が変化している」ことを問題とし、この問題を解くために社会科学が科学的方法である「心理学」を人間に適用しようとするからである)
*問題とすべきは「人間がそこに住み、そのうちを動いている世界が変化していること」である
*心理学的解釈なら公的空間の存在や世界のリアリティーも問題にすることは出来ず、そのような解釈をする能力はただ教えれば身につくもので卓越性は必要とせず、公的なものを形づくる当のものは、社会科学的な心理学的解釈で埋め合わせることは出来ない
*「まただからこそ、公的なものは人間がおたがいしのぎを削り、卓越性がそれにふさわしい場所を見出すことのできる、そうした世界の空間となるのである。」(⇒だからこそ、の「だから」は推測するに、生命の必然ではなく人間の自由が行為という活動を実現するのだ、ということなのだろうが、この節の文脈からは不分明)