モッコウバラ |
本書は、学校で習う歴史とは違って、一般人が感染症に罹患した史実を学ぶことによりCOVID-19被害防止に役立てることを目的に書かれている、と冒頭に記されている。つまり、一般人の史実という細部に、一般人に役立つ歴史の内実が宿っていると。磯田さんは歴史家なので、感染症の被害防止に役立てる知恵には医学的(自然科学)なものと、もう一つ歴史的(社会科学)なものがあり、正体のわからないものに対しては後者の知恵を生かすことが大切だ、と述べている。つまり、例えば今回のcovid-19のように、その正体が不明な部分があるときには、科学的証拠と追求するだけでなく、歴史や別の場所(外国とか)での経験を素早く役立てる(真似するとか)ように行動することが大切だと。もっとも、この点については、科学の本質も経験にあるので、covid-19に対する日本政府の対応を批判する根拠としてはちょっと弱い感じ。
採り上げられている史実の出典は、古文書を含めた諸文献と、既出の優れた著作の引用があって、前者は「歴史は細部に宿る」という著者の考えに基づいたお得意の古文書類で、後者は著者の師匠で、数値データを根拠にその背後にある史実を暴き出すことで著名な速水融先生の著作『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』藤原書店2006年2月)』を筆頭に、興味ある本が沢山紹介されている。詳細はここでは省略するが、本書の内容の骨子は次のようなものとなる。
日本においても古代から感染症に襲われており、それが社会に甚大な影響をもたらしてきた。その対処法が「おまじない」から急激に合理的なものに変化したのは近世(江戸時代)になってからで、その知恵には当然限りがあるとしても驚くべきものがある。感染防止のためにいろいろな知恵が実際に効果を発揮した理由は、人びとが身につけてきた生活態度に負うところが多く、時の政府(藩レベルでの例外はあったが)の政策ではなかったことは明治時代になってからも同じであった(今でも基本的に同じという感じ)。人命救助と経済政策の両立問題はいつの時代も生じていたが対処方法は時代と地域で違っていた。100年程前に世界的に猛威を揮い、日本でも内地(現代の日本とほぼ同じ領域)だけでも45万人ほどの死者を出したいわゆるスペイン風邪(今は、それがインフルエンザの一種であることが判明している)は特に現代のCOVID-19と関係が深い事例として興味深いものがある。
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