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1946年9月、焦土と化した東京都内にて、食糧難と住宅難と就職難の中、運良く生き抜いた両親の新しき時代の一発目として生を受けるも、一年未満で感染症にて死にかける。生き延びたのは、ご近所に住む朝鮮人女性のもらい乳と父親がやっと手にした本の印税全部を叩いて進駐軍から手に入れたペニシリンのおかげであったらしい。ここまでは当然記憶にない。記憶になくても疑えないことである。 物心がついた頃には理系少年になっていた。それが何故なのか定かではないが、誤魔化しうるコトバより、誤魔化しえない数や図形に安堵を覚えたのかもしれない。言葉というものが、単なる記号ではなく、実は世界を分節し、意味と価値の認識それ自体をも可能にするものであることに気付きはじめたのは50歳を過ぎてからであった。 30年間程の企業勤めの後、現在は知の世界に遊ぶ自称哲学徒、通称孫が気になる普通の爺~じ。ブログには庭で育てている薔薇の写真も載せました。

2022年4月30日土曜日

4月28日(木)『マッキンダーの地政学』(曽村保信訳 原書房)

モッコウバラ
 ロシアによるウクライナの侵略という事態が発生した。まるで150年ほど前の出来事かと見紛う一方、今まであまり興味を引かれなかった地政学について少し興味が出てきて、元外交官で作家の佐藤優氏が地政学の原典と位置づけて推薦していた本書を読んでみたが、現代においても地理的条件が戦争を規定することを改めて考えさせられた。

本書の底本は「Halford J. Mackinder, Democratic Ideals and Reality, 1942」(元々の初出は第一次世界大戦末期頃)、日本語訳は『デモクラシーの理想と現実』(曽村保信訳 原書房 1985年)で出版されていた。本書は2008年に「デモクラシーの理想と現実」を副題にして名称を『マッキンダーの地政学』と変えて新装復刊されたもの。

古来人類は途切れることなく戦争をしてきた。何故だろうか?という哲学的問いがまず思い浮かぶが、人々の気持ちという観点からの答えは、「不安に基づく不信」による、という説明が私としては一番気に入っている。17世紀半ば頃にイギリス人のホッブズという哲学者が著した『リヴァイアサン』に述べられている。だから、戦争を回避する原理は信じ合える人々が安心して暮らせる世界を築くこと、となる。

2500年前のギリシャの哲学者プラトンは『国家』という著作で、人々の衣食住という必要性から生まれた国家同士が戦争をするようになるのは「人々が贅沢になって財貨を求める」からだと言っている。だから、戦争を回避するには、贅沢を求めない人々になるか、財貨がどの国も潤沢になるか、のどちらかとなる。

哲学的問いに対する答えはそれぞれもっともに思えるが、現実に戦争があり得る世界では、哲学的答えを現実にする努力と並行して、戦争への対処法は何かという別の問い方もあるだろう。その場合、そのような問いに答えるための、戦略的で合理的な学問があり得るのかもしれないが、地政学とはその種の学問なのだろうと思った。

まず著者は地理学の先生でもあるから、地政学においては、世界におけるその国が置かれている地理的条件が一番大事だと言っている。もちろん、古代から現代に至るまでの歴史において、人々が描くことができた実質的な世界は拡張され続けてきたから、時代が異なれば地理的条件も異なってくるが、地政学的法則は普遍的だという。

500年ほど前の大航海時代になって遂に、丸い地球の表面が、陸地と海が繋がった一つの世界であることを人々は体感した。その後、科学技術と産業革命とデモクラシー的な制度が創出され、それらに基づいた西欧近代国家も出現してきた。人々は自然を改変し社会の仕組みも創り上げてきたが、地政学の基本的法則は普遍的だと著者は述べているようだ。

著者の地政学理論の根拠は、古代エーゲ海文明から第一世界大戦までの粗方3000年くらいに及ぶ歴史の経験と、近代西洋文明が創り出した根本仮説、つまり世界には普遍的な法則が存在するという根本仮説となるだろう。

この地政学の法則が現代でも通用するように、もうすこし歴史を細かく区切って考察がされるが、500年ほど前の大航海時代から現代までを対象とした地政学においては、その法則が予想する結果の持つ意味合いが、デモクラシーの理想と現実との違いという観点からも浮かび上がってきているように思える。

キーワードは、ランドパワーとシーパワー、世界島、ハートランド。よくでてくる概念は、国家を構成する人々(~人、~族、~民族、等々)の区分け、組織力、社会管理、バランス、理想家、自由、デモクラシー、専制国家、など。

ランドパワーとシーパワーというキーワードによって、古代からの世界を通観すれば、その時々の世界における世界的戦争はこの二つ勢力の鬩ぎ合いであったことが示される。つまり、これは地政学上の普遍的法則だと。その二つのパワーの主な特徴は、古代の地中海世界においても、現代においても、シーパワーは交易による富と知恵の蓄積を元手に機動力に優れ、河川や海を利用して内陸に攻め入ったり、各地に拠点を作ってランドパワーを封じたりすることができること、ランドパワーはマンパワーと生産力に優れ、その力によってシーパワーが存在する条件をなしていること。

世界島というキーワードは、世界が次第に拡張してくると、シーパワーの人々にとって「世界」自体が「島」と捉えられてくることを表現している。つまり、拠点を作り島を包囲すれば支配が可能になるのだから、世界も支配も可能になると考えはじめるのだ、と。

ハートランド(心臓地帯)というキーワードは、世界を独占的に支配する可能性を秘めた地域を指す言葉で、シーパワーを支配したランドパワーの国家が存在する地域とも言える。だから、歴史が進み世界が拡大すればハートランドの地域も変遷する。著者は現代におけるハートランドの可能性として具体的に二つの地域を挙げている。一つは現在はロシアという国がある場所(北ハートランド)とアフリカ大陸の南半分(南ハートランド)。

関連して、第一次世界大戦の講和会議に出席中の戦勝国の政治家に対して守護天使が囁く言葉として著者が書いた印象的記述の引用⇒p177「東欧を支配する者はハートランドを制し、ハートランドを支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を支配する」。

当時(第一次世界大戦直後)の著者は、イギリスやアメリカや日本はシーパワーとしてフランスなどの西欧諸国の味方をして、ドイツを中心とするランドパワーに勝利したが、将来的にドイツがハートランドを制する可能性に言及しているように見えることは面白いが、著者が言いたいのは、今あるどこかの国がハートランドを制する、ではなく、ハートランドを制する者が世界を制する、ということに注意が必要だろう。




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