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| サハラ |
『翼もてるエロース そはまこと 死すべきものどもの呼べる名なり。されど不死なる神々は、これをプテロースとこそ呼べれ 翼(プテロン)おいしむるその力ゆえに』
爺~じの哲学系名著読解: パイドロス プラトン著 (藤沢令夫訳 岩波文庫) (gansekimind-dokkai.blogspot.com)
孫達が読書を好きになりますように♪ 文字通り、読書の日記です。時々感想も書きました。新しく読んだ本だけでなく、昔読んだ本についても思いだして書いてあります。 自分の無知を、読書で埋めることは楽しいですね
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| サハラ |
『翼もてるエロース そはまこと 死すべきものどもの呼べる名なり。されど不死なる神々は、これをプテロースとこそ呼べれ 翼(プテロン)おいしむるその力ゆえに』
爺~じの哲学系名著読解: パイドロス プラトン著 (藤沢令夫訳 岩波文庫) (gansekimind-dokkai.blogspot.com)
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| ピース |
浅草柴又の寅さん風の台詞がはいっている面白い記述があったので、その部分を以下に抜粋してみた。いろいろ書いてあったけど、結局本書の紹介には一番良さそうだったので。
・右傾化や劣化した反知性主義が広がるのと同時に、生活実感に裏打ちされた考え方・世界観を持っていたかっての庶民1は、小泉政治以降(いや、もっと前からかもしれませんが)庶民2に変質したわけです。
・彼等(庶民2)は、安倍首相が言う「世界で一番企業が活躍しやすい」場所が実在すると信じてしまうような庶民です、寅さんならば、「そんな場所あるわけねぇだろ。経済学者さんていうのはそういうのがあると仰るのかい。へぇー、よくわかんないねぇ。お前、さしずめインテリだな」といって済ませるはずです。私たちは、寅さんのような健全な常識に基づく考え方、ものの見方を失ってしまったのです。」
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| カラー |
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| 希望 |
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| ヨハネ・パウロ2世 |
簡単に言えば、現代が直面している地球環境問題、あるいは資源・エネルギー問題、あるいは気候温暖化問題(より本質的には気候変動問題)の元凶は、資本主義に基づいた経済の仕組みにあるから、これを別の経済に、しかも短期間に移行させなければならず、この別の経済がどのようなものであるかをマルクスは資本論を土台にして「脱成長コミュニズム」として提示している、というものだ。この新時代のキーワードがいくつかあって、経済的には「脱成長」、社会的には「アソシエーション」や「コモン」、政治的には「コミュニズム」(これは古いイメージで捉えるとダメ)。マルクスが「脱成長」を唱えていたとはね。資本論は、資本主義が資源・労働・人間を収奪しながら経済成長を続けなければならないという本質をもつのでどんどん膨張していくが、やがて限度を迎え(資本は剰余価値を生み出せなくなる、という限度⇒「利潤率の傾向的低下法則」)滅びる、という経済理論を立てた。修正したり外部から収奪して滅びる時を延長しても原理は同じ。現代は「人新世」と呼ばれるような新たな地質学的時代区分相応しい時代(人間が出現してくる地質学的区分はわざわざ新生代第四期と名付けられているが、その第四期の最終段階を「人新世」と呼んで区分しようとしているらしい)を迎え、否応なしに、「脱成長」しないと滅びるから、はやりのエコ社会とか、SDGsとかやってる場合ではないと著者は言う。それらはマルクスに言わせれば「アヘン」だと。マルクスは資本論第一巻で本源的蓄積の前提に自然の収奪をおいてはいるが、それが資本主義生産体制崩壊の不可避の要因とはいっていない。現代がそこに来ていることを、実は資本論後にマルクスは予言していたと。
| パパメイアン |
資本論を構成する基本概念である「富」「商品」「使用価値」「交換価値」「労働」「労働力」「労働時間」「剰余価値」「資本の運動」などについての解説が簡便に為されて、大部であるこの名著全体の概略も紹介されている。ただ、資本論の「労働日」や「機械と大工業」などの章で示されている事例よりも、現代の身近な事例を引いて行われているので、読者にとってはわかりやすいとしても、人びとの生活・経済の悲惨な歴史的事実から読み解かれている「資本主義的矛盾」に対するマルクスの怒りの気持ちの方はあまり伝わって来ないが、それも仕方がないだろう。
参考になったのは、「MEGA」と呼ばれるマルクスに関する国際研究が進んでいて、その成果が公開されはじめている、という部分と、『資本論』第三巻の草稿からの次のような引用でした。<資本主義に代わる新たな社会において大切なのは、「アソシエート」した労働者が、人間と自然との物質代謝を合理的に、持続可能か形で制御することだ>。ここで著者によれば、アソシエートする、とは共通の目的のために自発的に結びつき、共同する、という意味だそうです。マルクスは、このアソシエートする条件についてはどう考えていたんだろうね。