自己紹介

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1946年9月、焦土と化した東京都内にて、食糧難と住宅難と就職難の中、運良く生き抜いた両親の新しき時代の一発目として生を受けるも、一年未満で感染症にて死にかける。生き延びたのは、ご近所に住む朝鮮人女性のもらい乳と父親がやっと手にした本の印税全部を叩いて進駐軍から手に入れたペニシリンのおかげであったらしい。ここまでは当然記憶にない。記憶になくても疑えないことである。 物心がついた頃には理系少年になっていた。それが何故なのか定かではないが、誤魔化しうるコトバより、誤魔化しえない数や図形に安堵を覚えたのかもしれない。言葉というものが、単なる記号ではなく、実は世界を分節し、意味と価値の認識それ自体をも可能にするものであることに気付きはじめたのは50歳を過ぎてからであった。 30年間程の企業勤めの後、現在は知の世界に遊ぶ自称哲学徒、通称孫が気になる普通の爺~じ。ブログには庭で育てている薔薇の写真も載せました。

2017年7月8日土曜日

7月8日(火)資本論第三部第三篇で足踏み中

第三部まで来て、これから先はチョロいかも、と思いきや甘かった。 第三篇 利潤率の傾向的低下の法則で足踏み中。つまり、あまり長く読んでいるので前の方のを忘れたのと三部に入ってからの甘い気分の成せる業でしょう。第三部では第一部二部のくり返しが多いとは言え、そのくり返しからの深掘りもまたあったらしいのですね。初心に返って、始めの頃よりましとは言え、精読するしかありません。

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